第2話 あり得べき真相

「そりゃあ、そのような想定をすれば動機があることになってしまうのは、当たり前です。本当に彼女がそんな狙いを持って私に近付いたのだとしたら、私はまったく気付いてなかった。それが事実。でも、証明のしようがない」

「ええ、そうなります」

「堂々巡りを続けるんですか、刑事さん。槇島さんのためもあるから、捜査にはできる限り協力したいが、限度もある。あまりにも長引くと、妙な噂が立って、私の評価が落ちかねない」

「今しばらくご辛抱願います」

「いや、待てない。刑事さんの方にも何か思惑があるみたいじゃないですか。言ってくださいよ。言えないなら、こっちから聞きましょうか。ほら、確か現場は足跡がない密室状態だって聞きましたけど、あれのやり方は分かったんですか」

「うーん、実際に試しちゃいないが、一応ね。あなたが犯人だとすれば、できなくはないんじゃないかっていう方法がないこともない」

「奥歯にものが挟まった言い方ですね。具体的に説明したらどうですか」

「いや~、まだ現実味がなくて。話せば一笑に付されると分かっているんです。――どうしても知りたいようだ。はあ、ま、いいでしょう。私が思い付いたんじゃないってことだけ把握して、聞いてください。火山灰が降り積もった中、犯人は足跡を付けて堂々と出入りした。そして持参した火山灰を使い、その足跡を消していった」

「……我が社の製品の原料に火山灰がある、だから犯人は予想外の噴火・降灰にも慌てることなく、火山灰を用意できた私だと?」

「ええ、まあ、そういう理屈になります。屁理屈ですがね」

「まったくだ。密室の説明はどうにか付いたとしても、木村が書き遺したメッセージのおかげで、辻褄が合わなくなるじゃないですか」

「と言いますと?」

「犯人が密室に拘ったのは、この事件を心中に見せ掛けたいから、でしょ? なのに木村のメッセージを雑に重ね書きしただけで放置するなんて、手抜きにも程がある。メッセージがあるだけで、自殺説は吹っ飛んでしまう」

「はい。我々もそう考えています。第一、犯人が自分の名前をダイイングメッセージとして残されているのを見て、あんな杜撰に隠した程度で立ち去れるはずがない。床のパネルを剥がすか燃やしてでも隠滅しなければ。そうすると自殺に偽装するのは無理になるが、そんなこと言ってられないでしょうしね」

「――刑事さん、あなたは私の味方なのか敵なのか? 混乱して何だか頭の中がぐちゃぐちゃになった気分になる」

「混乱させたとしたら、申し訳ない。あなたの反応で判断してみたかったもので。私を含めた何人かの捜査員は、この事件の捜査の初期段階から、多少の違和感を抱いていたんです。自殺に見せ掛けた計画性が感じられる割に、おかしな点が多いなと。たとえば、現場を密室状態にした火山灰は噴火によるもので、事前に予測できない。換言するなら、計画に組み入れられるはずがない。

 細々とした点もあった。ダイイングメッセージを中途半端に消したこともそうですが、他にも、書くのに使ったボールペンに指紋が――木村さんの指紋すら付いていない、緊急事態で使ったはずなのにキャップがしてあるといった、実に間抜けなミスをしでかしている。このような違和感を解消するには、どう解釈すればいいのか。

 考えていると、少なくとも一つ、これなら辻褄が合うという状況が見えてきた。何者かが猪原さん、あなたに濡れ衣を着せようとしているケースです」

「ああ……じゃあ、もしかすると、当日の商談の約束というのも?」

「確認はまだ取れていませんが、恐らく。真犯人があなたの当夜のアリバイを確実になくすために、港方面に呼び出そうとしたんじゃないかと思われます。降灰のおかげでいけなくなり、結局はアリバイがなくなってしまいましたが」

「そういうことだったのか。では、一体誰が私を」

「その点に関しては、もう一つの要素、予測のできない降灰を念頭に考えれば、想像が付きます。先ほどお話しした、灰をあとから撒くなんていうちゃちなトリックを駆使しても、簡単にばれるでしょう。誰が殺人犯であっても、この足跡密室は不可能です。ただし、殺人犯ではなく、死んだ当事者なら可能」

「えっと、それって槇島さん、ではないですよね?」

「ええ、木村さん――木村流樹也のことを言っています。彼は槇島さんとあなたへの恨みを募らせ、復讐するために計画を立て、実行したんでしょう。彼自身と槇島さんを猪原さんが殺害し、無理心中を図ったように偽装した――という構図を作る。その上で、猪原さんが犯人として捕らわれるよう、細かなミスを犯したようにこれまた偽装した。だが、木村にとって誤算だったのは、当夜、桜島が噴火して、灰が降ったこと。死亡推定時刻が微妙だが、現場は噴火の音が届かない距離なので、木村は噴火や降灰を知らないまま、槇島さんの隣で自らの命を絶ったんだと思われます。知っていたら、死ぬのを先延ばしにして、周囲の灰にぼやけた足跡を付けたでしょうからね。そうしないと、あなたに罪を擦り付けるどころか、誰にも不可能な犯行になってしまう」

「そこまで恨みを買っているとは……気付いていれば、槇島さんを守れたかもしれないのに……」

「気に病まれも仕方ありません。これが慰めになるかどうか心許ないが、実は木村流樹也は、命を賭しての犯行に踏み切るハードルが、若干下がっていた状態だったようでしてね」

「どういうことです?」

「木村は周囲にはひた隠しにしていましたが、癌を患っていました。既に手の施しようがないステージまで進んでいたようで……。だからといって、命懸けで殺人を起こしていい訳がない」

「あいつが癌……信じられない。高校大学と仲間内では、かなり健康に気を遣う方だったのに。たばこもそれでやめたはず」

「じゃあやめるのが遅かったのかな。癌の種類は肺でした。いやはや、洒落にもならない。をやられたせいで犯罪に踏み切り、に降られて瓦解したなんてね」


 終わり

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灰まみれの殺人 小石原淳 @koIshiara-Jun

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