願わくば、胡蝶の夢を
安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!
※
倫理も、道徳も。
己の責務も立場も理性も全部グッチャグチャに溶かして。
一夜限りの、決して許されない夢を見た。
※ ※ ※
「……もう、行くのか」
スルリと抜け出した寝台の中から、気怠げな声が聞こえてきた。
起こすつもりもなく、夢のように消えていくつもりだったのに、どうやら初手から失敗したらしい。
「行かなきゃ、間に合わない」
「まだ夜明けまでには間があるだろ」
「夜明けには私の屋敷の、私の寝台にいなくちゃいけないのよ」
新月の闇は、己が伸ばした指先さえ見透かせないほどに深い。さらに背中を向けていれば、相手の表情など分かるはずもないのに。
「下手を打って、あんたと私の一族、全員揃って
それでもなぜか今、後ろに残した彼が、声に似合わないグチャグチャな顔で私のことを見つめているのだと、分かってしまう。
そして、彼も分かっているはずだ。
私の顔も、心の中も、彼と同じようにグッチャグチャになっているって。
「……全員血祭りに挙げてでも、お前の手を離したくないって言ったら?」
「『
黒衣冷宰
双華並ぶれば障事なし
そう讃えられた私達は、今日この時を以て永久に袂を分かつ。
たった一人の、絶対君主の手によって、永遠に引き離される。
「やれるだろ。俺とお前が本気になれば」
不意にスルリと、私の腰に腕が回った。
背中から回された腕に一瞬だけ体を預ければ、泣きたくなるほど優しい熱に包まれる。
「あの
「そうだね。でも」
一瞬、本気で泣いてやろうかと思った。
『血も涙もない』と評されるこの男が、……ずっとこんな私の隣にいてくれたこの男が、私の涙でどういう反応をするのか、少しだけ気になったから。
「でも、それをやっちゃったら、私達の先に幸せはないもの」
それでも私は、涙の代わりに笑みを浮かべて、スルリと彼の頬に指を滑らせた。微かな息遣いを頼りに唇を寄せれば、チュッと
「
今まで幼馴染で、最強の相方で、両片想いの相手だった私達は。
この部屋を出て、次に顔を合わせた時には、皇帝の妃と宰相という間柄になる。
「忘れないから」
私が被った微笑の仮面なんて見えていないはずなのに、スルリと彼の腕は私の体から離れた。その隙に私は、衣擦れの音さえ立てずに部屋を後にする。
倫理も、道徳も。
己の責務も立場も理性も全部グッチャグチャに溶かして。
一夜限りの、決して許されない夢を見た。
──溶け合ったままでいられたら、どれほど幸せだったんだろう。
叶わない願いを涙に溶かして心の中から押し流しながら、私は先の見えない闇の中を前へ進んだ。
【了】
願わくば、胡蝶の夢を 安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売! @Iyo_Anzaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます