実際に体験すればいい
御剣ひかる
ぐちゃぐちゃになったのは
「イケメンがぐちゃぐちゃになる、なんていいと思うんだけどさ」
友人の官能小説家がまたファミレスでとんでもないことを言い出した。
一応声量は落としてくれてるけど隣には聞こえちゃうんじゃないかってわたしは彼女の仕事の話が始まるといつもひやひやしている。
新作の案を編集者さんに出さないといけないみたいだけど、今なんかちょっとしたスランプらしくて、お昼ご飯のドリアをスプーンでつんつんつんつんしながらうなっている。
イケメンの前にドリアがぐちゃぐちゃだよ。冷めきっちゃう前に食べなよ。
顔つきもいつもの陽気な雰囲気はどこへやら、なんかメンヘラみたいになっちゃってるよ。
「じゃあ、その線で書いたらいいんじゃない?」
「コンセプトはそれでいいとして、シチュエーションとかがね、いいのが浮かばなくて」
わたしは小説は書かないから今一つピンとこないけど、細かい設定が決まらないってことね、っていうのは理解できる。
「ちょっと気晴らしして気分変えてみたらぱっと浮かんだりしない?」
「いつもはそれでいいんだけどねぇ。参ったな。いいのが浮かばないとあっという間にライバルにとってかわられちゃう」
難しい顔でうなる彼女をちょっと気の毒に思う。なんでもプロとして食べていくのは大変なんだな。
ふとSNSで「体験していないことは書けない」とかいう話題が流れてたのを思い出した。
「じゃあさ。……イケメンとそういうことしちゃったらいいんじゃない?」
冗談で言った。暗い雰囲気が吹き飛べばいいなって思って。
わたしの言葉に彼女はしばらくぽかんとした後、わはははと声をあげて笑った。
「いいイケメンがいたら試してみるわ」
いつもの可愛らしい笑顔になって、なんだかほっとした。
「それじゃさっさと食べちゃって、プロットしっかり考えるわ」
彼女はそう言って、ぐちゃぐちゃになっちゃったドリアを勢いよく食べた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『お昼のニュースです。昨夜発見された男性の遺体の身元が判明しました。また、殺人の疑いで二十五歳の官能小説家の女が逮捕されました』
『容疑者は「新作のプロットがうまくまとまらなかった。実際に体験すればいいのではないかと思ってやった」と容疑を認めているということです』
(了)
実際に体験すればいい 御剣ひかる @miturugihikaru
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