KAC20234 「深夜の散歩で起きた出来事」

小烏 つむぎ

KAC20234 「深夜の散歩で起きた出来事」

 「深夜の散歩で起きた出来事?」

「うん!

星がな、落ちてきた。」


 ぼくは「ふうん」と話し半分に聞きながら、ゆっくり薄桃色のミルクを温めた。

石に囲まれた小さな熾火おきび

パンの底の大きさしかない火は、まわりを照らすほどの明るさはない。地上を照らすのは満天の星だけ。星明かりでは影も出来ない。


 そう、月のない夜は暗い。たまには道を踏み外す星が居たとしても、何の不思議もないだろう。そうそうあることではないが、絶対ないというわけでもない。


 ぼくはミルクパンから立ち上る霧のようなミルク色の湯気を羊歯しだの茎で作った棒にゆっくり巻き取ると、「深夜の散歩」をしてきた影法師に差し出した。


 「で?

落ちてきた星というのが、コイツなのか?」


 落ちてきた星だというぼくの倍ほどある球体は、しょげているのかどんよりとして輝きがない。影法師はミルク色の綿菓子を持ったまま、どんよりと暗くバカでかい球体の(おそらく)背中を優しく撫でた。


 「かわいそうだろ?」


 影法師に目鼻はないが、落ちた星に同情しているのはわかった。自分の道から足を踏み外すとはなかなかマヌケなことだと思うが、ぼくがうっかりそのつもりもなく天に召されたらやっぱりこんな風になるのかなと思うので、同情の微笑みを浮かべた。


 その昔、言いがかりをつけるタカを怖がって蒼い星を目指して飛んで飛んで、ついには自分が星になってしまったヨダカという鳥は知っているが、星のほうから地上にやってくるとはなぁ。

さてさて、どうしたものか。


 「で、お前、空に帰りたいの?」


 とりあえずは本人(本星?)の意思確認からだと、うすぼんやりした球体に尋ねてみる。球体は動いたようだが、球体なので頷いたのか首を(いや首はないな)横に振ったのかよくわからない。ミルクの綿菓子をペロペロ舐めている影法師に尋ねた。


 「おい。今の何て答えたんだ?」

「頷いた。」

「そうか、帰りたいのか。」


 そう言ってみるものの、どうすれば空に戻すことが出来るのか。空へ投げみるかと球体を持ち上げようとするが、バカでかいうえに手をかける所がない。ツルツルと滑って持つことすら出来なかった。

さてさて、困った。


 またミルクパンから湯気が出始めたので、羊歯しだで作った棒でゆっくりと湯気を巻き取る。特になんの考えもなく出来立てのミルクの湯気のふわふわ綿菓子を、星だという球体に差し出した。球体なのだ、手も口もない。どう取れというのか。


 そう思った瞬間!


 球体の真ん中に大きなクボミが出来て、綿菓子をぼくの腕ごと飲み込もうとした。

ぼくは慌てて棒から手を離した。その瞬間、ミルク色のふわふわは棒ごと球体に飲み込まれた。驚いてしりもちをついた影法師が、心配そうにぼくを見上げた。

 

 「だいじょ……!」


 影法師は全部を口にすることが出来なかった。いきなり現れたまばゆい光にぼくの足元にピタリと縫い止められてしまったのだ。こうなると影法師は、もうしゃべることは出来ない。


 まぶしく光り始めた球体はゆっくり空へと浮かんでいった。

元の星の道に戻るか。


 球体がどんどん小さくなってヨダカの星座の一角に収まるまでを、ぼくは足元の影法師とともに見届けた。



 さてこれが新月の夜、影法師が「深夜の散歩で」拾ってきた星が空に帰るまでの顛末てんまつ、今夜「起きた出来事」さ。


 おいおい、影法師。

尻尾と翼が出ているぞ。

ちゃんと隠しとけよ!

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