旅行先で奥さんとぬいぐるみにときめいた話

脇役C

第1話 旅行先で奥さんとぬいぐるみにときめいた話

出会ってしまった。


奥さんとライブを見に名古屋にきて、そのついでに観光をしようということになった。

その道中の露店のおみやげ屋さんで、


出会ってしまった。


マスコットキャラクター「うさぎまる」のご当地ぬいぐるみ


「うう゛ん」


かわいすぎて言葉がでない代わりに、ヒキガエルの鳴き声みたいな声が出た。


うさぎまるは、その名前の通りうさぎのマスコットキャラクター。

だが、ぜんぜん耳が長くなくて、申し訳程度にピョコンと生えているのがかわいい。

つぶらな瞳がかわいい。

ひくひくと動くお鼻もかわいい。

しっぽもなにもない、ただの平面のようなおしりもかわいい。

スライムか?と思うほどの軟体さもかわいい。

想像を絶するアクロバティックな動きもかわいい。


なんだろう。

すごくかわいい。


そのうさぎまるが、ご当地のシャチホコをもってじっと見つめてくるではないか。


「ひっちゃああああん」


奥さんは俺を見失うと、俺を呼びながら駆け寄ってくる。


「どこ行ってたの?」


俺の腕をつかんでそう聞いてくる。

なお、うさぎまるの前でフリーズしていただけである。


「あ、うさぎまる」


「うん」


「欲しいの?」


「うん」


「おうちにいっぱいいるよ」


「うん……」


そうなのだ。

この間、一等くじでうさぎまるにお布施したばかり。

うちのアパートには、うさぎまるとうさぎこが、二匹そろって俺たちの帰りを待っている。

その他にも、車中にはもちろん、玄関、冷蔵庫、バッグ、いたるところにうさぎまるは存在している。


が、欲しい。


値段としては、先日のお布施よりも1/10の値段で買える。

買おうと思えば余裕で買える。

昔の俺だったら、欲しいと思った瞬間すでに買い終えている。


分かっている。

うさぎまるが、黄色いフェルトにプリントされただけの薄いシャチホコを持っているだけ。

これよりも作りが丁寧で大きくてかわいくて抱き心地がいいうさぎまるが多数おいでになっている。

お持ち帰りしたところで、置き場に困るのだ。


が、欲しい。


なんでこんなに愛くるしいんだ。

愛が苦すぎるだろ。

心なしか呼吸まで苦しくなっている気がする。


この子をお持ち帰りするために、俺の心が「うさぎまる専用棚の購入」を検討し始めている。


奥さんが肩をポンポンと叩いた。


何を言われるのだろうと思って、奥さんのほうを見た。

真剣で、ちょっと悲しい顔をしていた。


「わたしでガマンして」


最愛の奥さんに、こんな悲しいセリフを言わせてしまったことにがく然とした。


もし奥さんに「うさぎまるを見えないところに封印して」と言われたら、すぐにうさぎまるを処分して、永久に関りをもたないことくらいできる。

たぶん号泣するけど。


もし部屋から何もかもがなくなっても、奥さん一人がいてくれればそれでいいのだ。


「あと1分だけ、眺めていていい? 見納めておきたい」


「もちろん。ごめんね」


「ううん。俺のほうがごめん。ありがとう」


俺だったら、「買えばいいじゃん」とか言って、きっと賛成して終わりにする。

なんなら買ってあげる。

たった千円くらいで奥さんの喜ぶ顔が見れるなら、安いもんじゃない?


でも、俺みたいな薄っぺらな優しさじゃなくて、生活を考えてくれているんだよな。

こういうのは際限なく増える。

お金もスペースも有限だし、二人のために大切に使うために、こう言ってくれているのだ。


帰りの新幹線の発車まで時間があったので、駅の待合室に腰かけた。

「1つだけおみやげ買い忘れてたから、買いに行ってくるね」

奥さんはそう言って、俺に荷物を預けておみやげ屋さんに向かった。


ぼーっと奥さんのことを待っていると、奥さんがニコニコしながら向かってきた。

何か良いことでもあったのかなと、近づいてくる奥さんを眺めていると、白いぬいぐるみみたいなものが見えた。

それがなんだか分かった。


「ぎゃああああ! う゛ざぎまる! なんで!?」


「かわいいねぇ」


「んかわいいぃぃ!」


俺はうさぎまるを受け取り、うさぎまるのお腹をぷにぷにした。

ぷにぷにぷにぷにぷに

ぷにぷにぷにぷに

ぷにぷにぷに?


「買うのに反対してたのに、どうして買ってくれたの?」


うさぎまるのかわいさが落ち着いてきたところで疑問を口にした。


「おみやげ、買い忘れてたから」


「え、これ誰かのおみやげなの?」


「そうだよ」


「え? 誰?」


俺のうさぎまるじゃなかったんだ……。


「わたしたちの」


一瞬、意味が分からずフリーズした。


「俺たちの?」


おずおずとそう確認する。


「そうだよ。おみやげだから、このうさぎまるを見るたびに一緒に今回の旅のこと、思い出そうね」


「うう゛ん」


俺があのまま買っていたら、ただの衝動買いだった。

奥さんが、ただのぬいぐるみじゃなく、二人の思い出に変えてくれた。


出会ってしまった。


「大切にする」


「うん」


愛くるしい奥さんに。

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