『デイ・トリッパーズ』
小田舵木
『デイ・トリッパーズ』
20を超えて就業も就学もしないヤツの事をなんて言うか知ってるか?
―
ニートなんて小洒落た名前で呼んで貰っちゃ困る。
俺は今日も―道端を歩いている。家にいると母ちゃんがうるせえからな。
ハローワークに行くって嘘ついて昼飯代もせしめてきた。
この大阪南部の御堂筋
とは言っても、博打なんぞには手を出さない。
俺の家は
ちょっと歩けば
「うっす」と俺が広場でのんびりしてるヒップホップな男に声をかければ。
「おう」と彼は
「岩さん…その調子じゃ暇だよな」
「当たり前でしょうがよ」
「バイトくらいしなさいよ」
「お前もな?」
「
「…働けってうるせえ」
「…んな事言われてもねえ」俺達の学歴…高校中退だと雇ってくれるトコロは限られ。そういうトコロは決まって体育会系であり。
「…『トレイン・スポッティング』ばりにヤクでもキメる?」岩さんは俺と同じ
「…ヤクって何処にあるのさ?」
「…スーパー行くべ。どうせ
「…なるほどね」
◆
現代社会で気楽に買える合法『ヤク』。それは酒である。
古来から人を狂わせてきたモノではあれど。酒税という貴重な財源を規制する国を俺はイスラム
プライベートブランドの
プルタブに人差し指を引っ掛け、引く。
中の二酸化炭素
「空きっ腹にストロングは効くな」と岩さん
「つまみがしょっぱい」と俺は
「予算が1500円。まあ駄菓子になるわいな」
「ま、デカカツ美味いけどね」魚のすり身のシートに
「ライターで
「…余分にカネ払ったんだから煙草くれや」と俺は言う。岩さんは500円しか払ってない。
「…しゃあなし」とクシャついた煙草のパッケージを出してくる。
「ごち」と言いながら一本貰い、
「あー不味い」そう煙草は不味い。だが吸っちまうのはなんでかな。
「不味いなら吸わなきゃ良いでしょうが」と彼も煙草を吸い始め。
「不味いけど…頭がスッとするのは気のせいかい?」
「…ニコチンは色々気持ちいいもんの
「…そういや精神病
「分からんでもないな…俺達
「アッパーになれば上手くいくんかね?人生」
「そうとも限らなくね?」
「…岩さんはブイブイいわしてた時期あるもんなあ」
「言うな
「そんなにやらかしたんかいな」
「いやあ。勢いで色々やって―コケてスベって。今はこの様よ」
「んまあ。人生
「20のお前がそれ言うと最高にペラいなあ」
「まあね」
なんとはなしに空を見あげれば。
一点の雲もない晴天で。その下では社会の
この酷いコントラスト。周囲の老人達の目が痛い。ここにお散歩の幼稚園児が来ようものなら、我々は首吊って死ぬだろうな。
「酔わねえなあ」と岩さんが
「俺達の肝臓は元気いっぱい…疲れてねえもん」
「…腕立てでもする?」
「シュール過ぎて笑うわ」
「んだよなあ」
昼間の酒のこの虚しさは何なんだろう?
ふわっと酔いが乗るのは分かる。しかしそれは気持ちの良いものではなく。
ただ胃にアルコールが伝って下りていくのが分かるだけ。
「岩さんさ」と俺が
「ああん?」と彼は
「人生って何処までやり直しが効くと思う?」
「30迎えたらヤバい。俺みたいにな」
「ってもアンタ、昔は働いたりしてたんだろ?」
「コンビニバイト1週間でブッチしたのとかカウントすりゃね」
「…俺はそれすら出来やしない」
「…
「蛮勇て」
「だってそうだろ?俺達みたいな落伍者が働こうってのは蛮勇よ」
「気概だねえ」
「そう気概。気張れば湧く。気張らねば湧かない…シンプルだろ」
「気張るにも力は要るぞ」
「ウンコと一緒だな」
「まったくだ」
◆
俺達がいまいちノれない安酒デイトリップに精を出す中で。
勤め人達は気乗りしない労働ルーティーンに捕らわれ。
人生を降りた老人たちは日課の散歩に精をだし。
若人共は夢に向かいクルーズキメている訳で。
うーん。ワンダーラスト。人生の。
―なんてヘボ詩人を気取る俺の側で岩さんは船を漕ぎ出す。
「岩さんやー」
「いや。昨日徹夜でよ…」
「話相手してくれや」
「空に頼め」
「ご
「おやすみー」と芝生に寝転がりだす岩さん。
「ったく」と俺も横になり。ついでに岩さんの煙草をくすねて寝煙草スタイル。
空の青さが憎たらしい。
自分の
そこに紫煙を足して汚してみようとはするけれど。
距離が遠すぎる。かと言って近づけばイカロスの二の舞…
「なんや自分らまたやってんのかいな」と声がすれば。
「
「…岩さんは寝てんのか」
「ストロングキメたら寝たわ」
「ようある」
「
「そそ。タダの暇つぶしの王は図書館やろ」
「まあね」
「君らは―また国にカネ収めてトリップかいな」
「…そうでもしてないと、虚しさに押しつぶされる」
「…分からへんでもないけどさ。負けやろそれ」
「何と勝負してん?」
「…自分」
「自己対話に通ずるストイックさがあるな」
「まあな。伊達に
「ま。どうせ暇やろ…何もないけど上がってき」
「ここは君ん
◆
「なあ、僕ら何時までもこうしてられへんで」と郷さんは岩さんからパクった煙草を吸いながら言い。
「分かってる」と何度目か分からない言葉を返し。
「何時か親死ぬしな」
「何時までもあると思うな親のスネ」
「全く持ってそなんやけど」
「思っても動けないのが我々で」
「ままなりませんなあ」と
「なんかないすかね?我々
「…昔の物書きはそこそこクズやけど―後で名を遺しとるからな。僕らの参考にはならんよ」と郷さんは言い。
「知識はアテになりませんな」と僕はため息をつき。
「…自分に似たもん探して読むんやけどなあ」と彼はしんみり言う。
「みんな…違いますよねえ」
「そ。違ったクズ具合で俺らの参考にならなんだ」
「…自ら動くしかないと」
「…分かってんねんよなあ」
「しかし。
「…敢えて動かぬ、ね。機を
「逸しまくってません?俺ら」
「俺と岩さんはそやな」と郷さんは言う。彼も30代で。
「俺は違うんです?」
「…言うて20やん?」
「20でこの始末、とも形容できる」
「まだまだケツが青い」と彼は笑いながら言い。
「…腐っちゃませんかね」
「君
「…俺かあ」と
◆
結局。郷さんも俺達
「水ないっす」炭酸水を仕入れるカネがねえ。
「水道の蛇口はある」
「誰ぞ使こたか分からんアレで
「…アルコール消毒」と郷さんは言い。
「流石に無理臭くない?」
「ま、ポケットボトルやし、何とかなるやろ…洋画のスキットル回し
「おーい岩さん、郷さんがウィスキー買ってきたぞ」と俺が彼を揺さぶれば。
「んぬ…酒」と岩さんは目を覚まし。
「よっ岩ちゃん」と郷さんが挨拶する。
「さぁて。今度こそ愉しく酔おうや」とウィスキーをちょびっと口に含む郷さん。
「…はよ回してや」と岩さんは言い。
「かあああ。喉焼けるっ」ちなみに郷さんは酒に弱い。ウィスキーというセレクトは完全にヤケそのもので。
「次俺なあ」と寝起きにウィスキーキメる岩さん。
「…水汲むか?」と悩む俺。蛇口には不安しかないが。
「うひぃ。効くなあ。今度こそ良い酔いを…」無駄な抵抗に見える。
そして。岩さんが回してきたボトルに―口を付け
最初は水の感触があるが、その後にアルコールががっと来て。まるで口腔洗浄液飲んでるみたいな気持ちになる。
そして喉をぐっと鳴らせば。食道を熱い液体が下りていき。胃に収まり。
空腹の胃にはよくアルコールが染み。
「ひょえええええええ」と情けない声が出ちまう。
「…アホなん?」と郷さん。
「…飲み慣れてへんな」と岩さん。
「…素敵なコメント感謝するぜ…んごほ」とむせながら返事をし。
抜群にアルコールが回り始めた俺達は地面に寝っ転がり、
「ワシらが何もせんうちに日が暮れたわー」と郷さんが言い。
「…労働なんぞ知ったことか」と岩さんが言う。
「…明日になったら本気出す」なんて
「せんヤツの
「俺もよう言う」と岩さんが賛成してくれ。
「あーあ。今日みたいな日が
「親に絞め殺されるぞ」と郷さんは言い。
「今日怒鳴られたわ」と岩さん。
「俺は昨日かな」と俺は言う。
茜色の空は。まるで血の海のようにも見え。
それはあくせく働く勤勉な奴らの血よなあ、と俺は思い。
「今日も勤勉な奴らの血で空が真っ赤だぜ」と俺は呟き。
「ヘボ詩人め」と郷さんは言い。
「俺はあそこには加わらねえぞ」と岩さんは決意を固め。
「でもさ。本当はさ。あそこに居たかったんだよな、俺ら」と俺が
「…だよねえ」とふたりは口を揃えて言い。
「でも勝手に出来ないって思い込んで」「日々を浪費して」「虚無に耐えて」「これで良いのか…俺達?」
「疑問は始点なり」と郷さんは言い。
「疑問は袋小路だろ?」と岩さんは反論し。
「明日、みんなでハローワーク行かね?」勇気がない俺は提案し。
「それは嫌」とハモリで返すふたり。
◆
ウィスキーのボトルを明けちまったのは夜。
俺達は抜群に酔っていた。望んでいたフニャフニャトリップを手に入れるのに一日かかった訳だ。
寝転がった芝生。そこから見渡す空は街明りが
白銀の月だけが罪
「なんか文句あっかよ」と俺が月に言えば。
「ウィスキー買いに行ったん止めてぇや」と郷さんが言い。
「…
「もう…遅いでえ」と岩さんは半分寝ながら言い。
「しかし。まあ、こういう自暴自棄もたまにはええ。よう警察に見つからんよなあ」
「…俺らが人畜無害な
「…犯罪する気概もない。まあ…言えてるよなあ」
「豚箱行きはゾッとしないっす」
「よねえ。保釈金とか考えたらゾッとする」
「ていうか。自分ら警察の世話になる前に襲われそうですけど」
「言うて。僕らが持ってる貴重品と言えばスマホくらいやな」
「…財布はすっからかん。口座もすっからかん」
「人生もすっからかん?」とシニックな笑みを浮かべる郷さん。
「そうじゃねー!」と月に向かって叫べども。
俺達が空なのは事実だ。否定しようがないくらいスッカラカン。
では。何があったら俺達の器は満たされるのか?
単純に労働、というのが世間的な答えであれど。
俺はそうも思えない。
労働をしてたって…カネが入るだけだ。そこに生きがいを見つける自家発電的ワーカホリックでない限り、残るのは時間と引き換えにしたカネ。
カネというモノは何でもと引き換える機能が付いてはいるけれど…
そういう即物的な何かで満たされないモノも確かにあって。
今の俺にはそういう『何か』が足りてない…ような気がするんだが。
実は持ってるいるけど気付いてない?
…仲間だ!!なんて週刊少年誌的な事は言いたくねえなあ。
◆
夢は何時か覚める。
だからこそ夢である。
俺達は逃げる日々のオアシスをそこに見出してはいたが。
何時までも、は不可能なのだ。何時だって。
「あ」三人分の阿呆な言葉が重なるはハローワークの入口。公園で一泊キメた次の次の日であり。
「…なんかねえ」と俺が言えば。
「…やるのも悪くない」と岩さんが言い。
「親死ぬ前に、な」と郷さんが締め。
◆
「―なんて日々が懐かしいよな」と岩さんが言う。
「…戻りたない」と郷さんは缶ビールを
「しかし。十年ね」と俺は缶チューハイを片手に
「…
「僕なんて結婚までしてもうて」と郷さんは言う。
「よう時間
「
「おーおー大変やな」と岩さんは言う。悔しそうに。
「ええこっちゃないすか」と俺は言い。
「ま、楽しいで、ああいうの」と何処か他人事のように言う郷さん。
「…現実に
。
「浸れないんやろ?」と郷さんは返す。
「あの頃みたいなトリップにな」と俺は締め。
「そそ。いくら酔っても、現実がお迎えに来やがる」となんだか悔しそうに言う岩さん。
「流石に
「でもさあ…なんか懐かしくて…たまにまたやりたくなる」そうして俺らは平日の昼間に集まって大泉緑地におり。
「ま。ちゃんと家帰るけどな」と郷さんは言う。俺達は
「酔いどれには御堂筋線がキツイ」と岩さんは言い。
「途中で漏らすなよ」と俺が言う。
こうやって。
俺達はこれからも集まるんだろうけど。
あの日々は戻ってはこない。それを少し残念に思う自分が謎だ。
しかしまあ。なんとなく俺達は友達であり、盟友であり、
そう。
昔はデイをトリップしたもんだが。今は
そこには
ただ。俺達がいれば良い。
◆
『デイ・トリッパーズ』 小田舵木 @odakajiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます