『デイ・トリッパーズ』

小田舵木

『デイ・トリッパーズ』

 20を超えて就業も就学もしないヤツの事をなんて言うか知ってるか?

 ―落伍者自由人だ。

 ニートなんて小洒落た名前で呼んで貰っちゃ困る。

 俺は今日も―道端を歩いている。な。

 ハローワークに行くって嘘ついて昼飯代もせしめてきた。


 この大阪南部の御堂筋せんの端っこの街で今日も俺は時間を浪費している。

 とは言っても、博打なんぞには手を出さない。種銭たねせん1000円で何が出来るって言うんだよ?


 俺の家は中百舌鳥なかもずにあり。

 ちょっと歩けば大泉緑地おおいずみりょくちだ。昔はここで持久走大会とかしたもんだが…

「うっす」と俺が広場でのんびりしてるヒップホップな男に声をかければ。

「おう」と彼はこたえる。彼は近所のニート仲間の岩倉いわくらくん。『くん』なんて呼んでるが歳は違う。

「岩さん…その調子じゃ暇だよな」

でしょうがよ」

「バイトくらいしなさいよ」

「お前もな?」

最近さいきん親はどーすか?」

「…働けってうるせえ」

「…んな事言われてもねえ」俺達の学歴…高校中退だと雇ってくれるトコロは限られ。そういうトコロは決まって体育会系であり。なま白い我らは付いていけないのだ。

「…『トレイン・スポッティング』ばりにでもキメる?」岩さんは俺と同じシネフィル映画中毒で。

「…ヤクって何処にあるのさ?」

「…。どうせ昼飯ひるめしくらい貰ってるだろ?」

「…なるほどね」


                  ◆


 現代社会で気楽に買える合法『』。それはである。

 古来から人を狂わせてきたモノではあれど。酒税という貴重な財源を規制する国を俺はイスラム国家こっか以外では知らない。


 プライベートブランドの安酒やすざけ。安っぽいパッケージデザインの9%の酎ハイ500ミリ。こいつ1本でテキーラ1ショット分のアルコール濃度という話を聞いた事があるが…まあそれは事実ってヤツだろうな。


 プルタブに人差し指を引っ掛け、引く。

 中の二酸化炭素あたりが放出される『プシュ』という音がなのである。


「空きっ腹にストロングは効くな」と岩さん

「つまみがしょっぱい」と俺はつぶやき。

「予算が1500円。まあ駄菓子になるわいな」

「ま、デカカツ美味いけどね」魚のすり身のシートにころもをつけて揚げたアレだ。

「ライターであぶってもイケる」とライターでカツを温める男があれば。

「…余分にカネ払ったんだから煙草くれや」と俺は言う。岩さんは500円しか払ってない。

「…しゃあなし」とクシャついた煙草のパッケージを出してくる。

「ごち」と言いながら一本貰い、くわえ、火を付け、紫煙しえんを肺に吸い込めば。

「あー」そう煙草は。だが吸っちまうのはなんでかな。

「不味いなら吸わなきゃ良いでしょうが」と彼も煙草を吸い始め。

「不味いけど…頭がスッとするのは気のせいかい?」

「…ニコチンは色々放出ほうしゅつうながすからな…それっぽく言うならアゴニスト作動薬

「…そういや精神病罹患りかん者にはニコチン中毒が多いって俗説るわな」

「分からんでもないな…俺達自由人落伍者はアッパーな気持ちが足りてねえ」

「アッパーになれば上手くいくんかね?人生」

「そうとも限らなくね?」

「…岩さんはブイブイいわしてた時期あるもんなあ」

「言うな黒歴史くろれきしや」

「そんなにやらかしたんかいな」

「いやあ。勢いで色々やって―コケてスベって。今はよ」

「んまあ。人生色々いろいろって事で」

「20のお前がそれ言うと最高にペラいなあ」

「まあね」


 なんとはなしに空を見あげれば。

 一点の雲もない晴天で。その下では社会の落伍者自由人たる我々が酒をかっくらい。

 この。周囲の老人達の目が痛い。ここにお散歩の幼稚園児が来ようものなら、我々は首吊って死ぬだろうな。


「酔わねえなあ」と岩さんがつぶやく。

「俺達の肝臓は元気いっぱい…疲れてねえもん」

「…腕立てでもする?」

「シュール過ぎて笑うわ」

「んだよなあ」


 昼間の酒のは何なんだろう?

 ふわっと酔いが乗るのは分かる。しかしそれは気持ちの良いものではなく。

 ただ胃にアルコールが伝って下りていくのが分かるだけ。

「岩さんさ」と俺がつぶやけば。

「ああん?」と彼はこたえる。少しご陽気になってきたらしい。羨ましい。

「人生ってやり直しが効くと思う?」

「30迎えたらヤバい。俺みたいにな」

「ってもアンタ、昔は働いたりしてたんだろ?」

「コンビニバイト1週間でブッチしたのとかカウントすりゃね」

「…俺はそれすら出来やしない」

「…蛮勇ばんゆうを持って事を為せ」

「蛮勇て」

「だってそうだろ?俺達みたいな落伍者が働こうってのは蛮勇よ」

「気概だねえ」

「そう気概。気張れば湧く。気張らねば湧かない…シンプルだろ」

「気張るにも力は要るぞ」

だな」

「まったくだ」


                  ◆


 俺達がいまいちれない安酒デイトリップに精を出す中で。

 勤め人達は気乗りしない労働ルーティーンに捕らわれ。

 人生を降りた老人たちは日課の散歩に精をだし。

 若人共は夢に向かいクルーズキメている訳で。

 うーん。ワンダーラスト。人生の。

 

 ―なんてヘボ詩人を気取る俺の側で岩さんは船を漕ぎ出す。

「岩さんやー」

「いや。昨日徹夜でよ…」

「話相手してくれや」

「空に頼め」

「ご無体むたいな」

「おやすみー」と芝生に寝転がりだす岩さん。

「ったく」と俺も横になり。ついでに岩さんの煙草をくすねて寝煙草スタイル。


 


 自由人落伍者の呪いである。皆一度はこう思うものだ。

 自分の矮小わいしょうさを明らかにする太陽が憎たらしいのだ。

 そこに紫煙を足して汚してみようとはするけれど。

 距離が遠すぎる。かと言って近づけばイカロスの二の舞…


「なんや自分らまたやってんのかいな」と声がすれば。

郷上ごうかみくん…」黒のセルフレームのメガネの彼も実はお仲間だったりする。

「…岩さんは寝てんのか」

「ストロングキメたら寝たわ」

「ようある」

ごうさんは図書館帰り?」

「そそ。やろ」

「まあね」

「君らは―また国にカネ収めてトリップかいな」

「…そうでもしてないと、

「…分からへんでもないけどさ。負けやろそれ」

「何と勝負してん?」

「…自分」

「自己対話に通ずるストイックさがあるな」

「まあな。伊達に自由人落伍者してへんぞ」

「ま。どうせ暇やろ…何もないけど上がってき」

「ここは君んやったか」と言いつつ郷さんは俺のかたわらに座り。


               ◆


「なあ、僕ら何時までもられへんで」と郷さんは岩さんからパクった煙草を吸いながら言い。

「分かってる」と何度目か分からない言葉を返し。

「何時か親死ぬしな」

「全く持ってそなんやけど」

「思っても動けないのが我々で」

「ままなりませんなあ」と我々われわれ苦笑い。

「なんかないすかね?我々自由民落伍者に効く薬は」と俺は郷さんのバッグを見やる。

「…昔の物書きはやけど―後で名を遺しとるからな。僕らの参考にはならんよ」と郷さんは言い。

「知識はアテになりませんな」と僕はため息をつき。

「…んやけどなあ」と彼はしんみり言う。

「みんな…違いますよねえ」

「そ。違ったクズ具合で俺らの参考にならなんだ」

「…自ら動くしかないと」

「…分かってんねんよなあ」

「しかし。えて動かぬ勇気」と俺はうそぶき。

「…敢えて動かぬ、ね。機をいっしそうやな」と眉間をかきながら郷さんは言い。

「逸しまくってません?俺ら」

「俺と岩さんはそやな」と郷さんは言う。彼も30代で。

んです?」

「…言うて20やん?」

、とも形容できる」

「まだまだケツが青い」と彼は笑いながら言い。

「…腐っちゃませんかね」

「君次第しだいやろ?」

「…俺かあ」とつぶやいて。空を仰げば。まだまだ青い空があり。俺という罪の染みを際立たせ。


                  ◆


 結局。郷さんも俺達デイトリッパー酔っ払いの仲間いりをした。なけなしの1000円握ってスーパーに行き、安ウィスキーのボトルをたずさえて帰ってきて。


「水ないっす」炭酸水を仕入れるカネがねえ。

「水道の蛇口はある」

「誰ぞ使こたか分からんアレで水割みずわる?」

「…アルコール消毒」と郷さんは言い。

「流石に無理臭くない?」

「ま、ポケットボトルやし、何とかなるやろ…洋画のスキットル回しみみたいにやろうや」自由人落伍者達は映画が好きなのだ。


「おーい岩さん、郷さんがウィスキー買ってきたぞ」と俺が彼を揺さぶれば。

「んぬ…酒」と岩さんは目を覚まし。

「よっ岩ちゃん」と郷さんが挨拶する。


「さぁて。今度こそ愉しく酔おうや」とウィスキーをちょびっと口に含む郷さん。

「…はよ回してや」と岩さんは言い。

「かあああ。喉焼けるっ」ちなみに郷さんは酒に弱い。ウィスキーというセレクトは完全にヤケそのもので。

「次俺なあ」と寝起きにウィスキーキメる岩さん。

「…水汲むか?」と悩む俺。蛇口には不安しかないが。

「うひぃ。効くなあ。今度こそ良い酔いを…」無駄な抵抗に見える。


 そして。岩さんが回してきたボトルに―口を付けあおる。

 最初は水の感触があるが、その後にアルコールがと来て。まるで口腔洗浄液飲んでるみたいな気持ちになる。

 そして喉をぐっと鳴らせば。食道を熱い液体が下りていき。胃に収まり。

 空腹の胃にはよくアルコールが染み。


「ひょえええええええ」と情けない声が出ちまう。

「…アホなん?」と郷さん。

「…飲み慣れてへんな」と岩さん。

「…素敵なコメント感謝するぜ…んごほ」とむせながら返事をし。


 は地面に寝っ転がり、あかね色になってきた空を見て。


「ワシらが何もせんうちに日が暮れたわー」と郷さんが言い。

「…労働なんぞ知ったことか」と岩さんが言う。

「…明日になったら本気出す」なんて定型句ていけいくを俺は吐き。

「せんヤツの常套句じょうとうく」と郷さんは突っ込み。

「俺もよう言う」と岩さんが賛成してくれ。

「あーあ。今日みたいな日が延々えんえん続けば良いのに」と俺は思う。情けない話だが、と言うか。

「親に絞め殺されるぞ」と郷さんは言い。

「今日怒鳴られたわ」と岩さん。

「俺は昨日かな」と俺は言う。


 茜色の空は。まるで血の海のようにも見え。

 それはよなあ、と俺は思い。


「今日も勤勉な奴らの血で空が真っ赤だぜ」と俺は呟き。

「ヘボ詩人め」と郷さんは言い。

「俺はあそこには加わらねえぞ」と岩さんは決意を固め。


「でもさ。」と俺がこぼせば。

「…だよねえ」とふたりは口を揃えて言い。

「でも勝手に出来ないって思い込んで」「日々を浪費して」「虚無に耐えて」「これで良いのか…俺達?」

「疑問は始点なり」と郷さんは言い。

「疑問は袋小路だろ?」と岩さんは反論し。

「明日、?」勇気がない俺は提案し。


」とハモリで返すふたり。


                 ◆


 ウィスキーのボトルを明けちまったのは夜。

 俺達は抜群に酔っていた。だ。阿呆アホそのものである。


 寝転がった芝生。そこから見渡す空は街明りがうるさくて星なんて見えなくて。

 白銀の月だけが罪ぶかい俺達を見下ろしていて。

」と俺が月に言えば。

「ウィスキー買いに行ったん止めてぇや」と言い。

「…めときゃ良かったっすね」と俺は言う。いやホント腰が立たない感じなのだ。

「もう…遅いでえ」と岩さんは半分寝ながら言い。

「しかし。まあ、こういう自暴自棄もたまにはええ。よう警察に見つからんよなあ」

「…俺らが人畜無害な自由人落伍者だからじゃないすかね」

「…。まあ…言えてるよなあ」

「豚箱行きはゾッとしないっす」

「よねえ。保釈金とか考えたらゾッとする」

「ていうか。自分ら警察の世話になる前に襲われそうですけど」

「言うて。僕らが持ってる貴重品と言えばスマホくらいやな」

「…財布はすっからかん。口座もすっからかん」

「人生もすっからかん?」とシニックな笑みを浮かべる郷さん。

「そうじゃねー!」と月に向かって叫べども。


 。否定しようがないくらいスッカラカン。

 では。何があったら俺達の器は満たされるのか?

 単純に労働、というのが世間的な答えであれど。

 俺はそうも思えない。


 労働をしてたって…だ。そこに生きがいを見つける自家発電的ワーカホリックでない限り、残るのは時間と引き換えにしたカネ。

 カネというモノは何でもと引き換える機能が付いてはいるけれど…

 そういう


 今の俺にはそういう『何か』が足りてない…ような気がするんだが。


 実は持ってるいるけど気付いてない?


 …仲間だ!!なんて週刊少年誌的な事は言いたくねえなあ。


                ◆



 夢は何時か覚める。

 だからこそ夢である。

 俺達は逃げる日々のオアシスをに見出してはいたが。

 


「あ」三人分の阿呆な言葉が重なるはハローワークの入口。公園で一泊キメた次の次の日であり。

「…なんかねえ」と俺が言えば。

「…やるのも悪くない」と岩さんが言い。

「親死ぬ前に、な」と郷さんが締め。


                  ◆


「―なんて日々が懐かしいよな」と岩さんが言う。

「…戻りたない」と郷さんは缶ビールをあおりながら言い。

「しかし。ね」と俺は缶チューハイを片手にこたえる。

「…トシ取っちまったよなあ」と岩さんがこぼし。

「僕なんて結婚までしてもうて」と郷さんは言う。

「よう時間いてたな?」と俺が言えば。

スキ見てな」と郷さんは苦笑い。

「おーおー大変やな」と岩さんは言う。悔しそうに。

「ええこっちゃないすか」と俺は言い。

「ま、楽しいで、」と何処か他人事のように言う郷さん。


「…現実にあし浸すとさ」と岩さんはウィスキーのポケットボトルをあおりながら言う

んやろ?」と郷さんは返す。

にな」と俺は締め。

「そそ。いくら酔っても、」となんだか悔しそうに言う岩さん。

「流石に大泉緑地おおいずみりょくち一泊はキメられんわな」と郷さん。

「でもさあ…なんか懐かしくて…たまに」そうして俺らは平日の昼間に集まって大泉緑地におり。

「ま。ちゃんと家帰るけどな」と郷さんは言う。俺達は各々おのおの別の場所で仕事をしており。今回はこんなアホをやっているのだ。

「酔いどれには御堂筋線がキツイ」と岩さんは言い。

「途中で漏らすなよ」と俺が言う。


 こうやって。

 俺達はこれからも集まるんだろうけど。

 

 しかしまあ。なんとなく俺達は友達であり、盟友であり、トリッパー落伍者だったのさ。

 そう。

 昔はデイをトリップしたもんだが。今はささやかな自分の人生という夢をトリップしている。

 そこにはヤクなんか必要じゃなくて。

 ただ。俺達がいれば良い。


                ◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『デイ・トリッパーズ』 小田舵木 @odakajiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ