チェロ弾き&野球選手 🧬
上月くるを
チェロ弾き&野球選手 🧬
宮沢賢治さんの童話は『銀河鉄道の夜』『よだかの星』『風の又三郎』などみんな好きですが、ご無礼ながら、なかにはちょっと首をかしげたくなるものもあります。
――たとえば『セロ弾きのゴーシュ』。
作者が苛立っているときにカタルシスとして書かれた作品なんでしょうか、なんでしょうね、全編に息詰まるほどのイジワル、イライラ、焦り、捨て鉢な感じは……。
よほど面倒だったのか(笑)地の文がほとんどなく、延々と会話ばかりがつづくのも読みづらくてアレですし、動物たちへの冷酷なほどの言動、アレはいったいなに?
🐈
ことに、夜、ゴーシュの家を訪ねて来た三毛猫への対応は、現代においては虐待と断定されても仕方がなく、ことに、つぎの一文に至っては、ぎょっとさせられます。
****
――「ははあ、少し荒れたね」セロ弾きは云いながら、いきなりマッチを(引用者注:猫の)舌でシュッとすって、じぶんのたばこへつけました。さあ猫はおどろいたの何の、舌を風車のようにふりまわしながら入り口の扉とへ行って、頭でどんとぶっつかってはよろよろとして、またもどって来て、どんとぶっつかってはよろよろまたもどって来て、またぶっつかっては、よろよろ、にげみちをこさえようとしました。
ゴーシュはしばらく面白そうに見ていましたが、「出してやるよ。もう来るなよ。ばか」セロ弾きは扉をあけて猫が風のように萱のなかを走って行くのを見てちょっとわらいました。それから、やっとせいせいしたというようにぐっすりねむりました。
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まさに、はあ? ですよね~。いくら猫が横着で生意気で、土産と称してゴーシュの畑から青いトマトを持ってきたうえ、好きな楽曲の演奏をせがんだからといって。
また、かっこう、狸の子、野鼠の親子も「ゴーシュの演奏を聴かないと眠れない」とやって来るのですが、そのじつゴーシュも動物たちに癒やしてもらっていた……。
練習では楽長に叱られてばかりいた『第六交響曲』の演奏後のアンコールでなぜか楽長に指名されたゴーシュは、なかばやけっぱちで『印度の虎狩り』を披露します。
それは動物いじめの曲でしたが、意外にもコンサートの聴衆に絶賛されるという、果たして、ハッピーエンドと言えるのか、????なエンディングになっています。
📻
はるかむかし読んだ童話をヨウコさんが「あおぞら文庫」に追う気になったのは、例によって明け方近い深夜ラジオでソフトで重厚なチェロ演奏を聴いたからでした。
若いころに感じた違和感は依然として解消されませんでしたが、宮沢賢治といえど読み返してみて気持ちのいい作品ばかり残したわけではないことは納得できました。
🌄
チェロといえば、思春期の甘酸っぱい思い出もよみがえって来ます。(。・ω・。)ノ♡
中学二年生、小さな城下町の老舗呉服店の友人宅に遊びに行ったときのことです。
ヴァイオリンを習っている友だちは何人かいましたが、チェロはその子ひとりで。
椅子に座り、紺スカートの脚を大きく広げた彼女の指は、巧みに弦を操りました。
ヨウコさんたち郊外の農村の子は、街の子たちに憧れと劣等感を抱いていました。
幼稚園から英語教室に通っている子もいて、小学校入学時の格差は凄まじく……。
中学に進むとさすがに差は解消しましたが、それでも引け目は相変わらずでした。
それで、見たことも聴いたこともない、チェロという楽器に惹かれたのでしょう。
🥎
でも、低音をブイブイ鳴らすばかりでメロディらしきものも奏でない演奏にすぐに飽きてしまったヨウコさんの関心は、呉服店の並びにある高級割烹店に移りました。
そこは野球部ピッチャー&生徒会長&秀才、三拍子揃った細マッチョの家でした。
ベビーブームで何百人もいた全校女子の全員が彼に恋をしていたと確信できます。
ソワソワと窓の外ばかり見たがる無礼な客にチェロ弾きは気づいたかどうか。💦
スカウトされて東京の高校に進んだ想い人は、のちプロ野球の選手になりました。
年齢を重ねたいまは性別も定かでない(笑)ヨウコさんにも人並みに初恋があったことを思い出させてくれたラジオは、いつしか早朝のニュースに変わっていました。
チェロ弾き&野球選手 🧬 上月くるを @kurutan
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