モンスター

秋待諷月

モンスター

 3Dプリンターの進化が止まらない。

 我が悪友の住居たる散らかり放題のリビングの床の上では、ただでさえ狭い室内をさらに窮屈に感じさせるほど巨大な機械が、ヴィン、ヴィン、と不穏な唸りを上げて小刻みに振動している。

 黒い塗装が施された重量級の四角い直方体の外見は、ありふれた電子レンジにそっくりだ。ただしスケールは全く異なっており、内部の広さは成人男性でも膝を抱えれば収まりそうなほどである。

 前扉に嵌め込まれた強化ガラスの向こう側では、熱可塑性樹脂と特殊液体金属を吐出する二種類の極細ノズルが、ミシン針のようにせせこましく働き続ける様子が観察できた。

「何を作ってるんだよ、これ?」

 今まさに、何かしらの物体を生成しつつある機械から目を離し、僕は右隣のデスクに腰を落ち着ける男へ問い掛けた。

 奇想天外な発想を武器に3Dデザイナーを生業としている二十年来の友人は、PC画面に視線を釘付けにしたまま、嬉々として声を弾ませる。

「いやぁ、家庭用プリンターも馬鹿にできないよなぁ。これ一台で、ありとあらゆる素材の質感が再現できちまうんだぜ?」

「質感?」

「そうそう。元来の硬い素材だけじゃなくて、繊維とか皮膚組織みたいに、柔らかさや弾力性を持たせることもできるんだってさ」

 周辺に開けっぱなしの段ボールや大量の緩衝材が放置されていることから考えて、友人は届いたばかりのプリンターの初使用を見せつけたいがために、僕をわざわざ自宅まで呼びつけたらしい。「へー」と上の空で返事を投げながら、僕は手渡されたプリンターのカタログをパラパラとめくった。そして再び、暗赤色にぼんやりと光る機械内部へ視線を戻す。

 オーブンの天板のような黒い受け皿の上には、すでに、ふわふわとした灰茶色の塊が四つ出現している。よくよく目を凝らしてみると、それは表面を無数の細かな毛で覆われた、毛玉のようなものに見えた。

 思わず触れて、撫でてみたくなるような、見るからに柔らかそうなリアルな存在感。

 この拳大の四つの毛玉が、最終的に生成物を支える「足」になると仮定して。ここから予想できる完成品は――。

「ぬいぐるみ?」

 無意識に声に出して呟き、首を右へ回すと、友人はしたり顔でニヤリと笑った。画面がこちらから見えるよう、モニターを動かして角度を変える。

 プリンターの作業進度を知らせるウィンドウの横に展開されているのは、クマやライオン、ゾウといった動物の写真画像である。それらに邪魔されて一部しか見えないものの、最下層のウィンドウには3Dモデルの設計図が表示されているようだ。

「一昔前までは、3Dプリンターで作れる造形作品は硬質素材のフィギュアくらいだったけど、これならふわっふわのぬいぐるみも自由自在。質感や着色は、画像データを元に自動再現することも可能。もちろん、実在の生物だけじゃなく、自分でデザインした想像上の生物も思いのままってわけだ」

 友人の説明をBGMに、できあがってきた手触りのよさそうな獣の手足らしきものを改めて眺め、僕はその完成度の高さに感心する。

 これなら確かに、外見も質感も実物そっくりなぬいぐるみが生み出せそうだ。ぬいぐるみというより剥製に近いかもしれないが。

「なるほどな。で、結局、何を作ってるんだよ」

「『百獣の王ぬいぐるみ』。ヒグマの四肢にライオンのたてがみ、ゾウの胴体、ヘビの尻尾、ワニの顎にサイの角にシャチの牙に、ええとそれから」

合成獣キメラか」

「ちなみに当然、こいつは各パーツにモデルとなる動物たちが有する能力がそのまま備わっていて、生態系の頂点に君臨しているという設定だ」

「『ぼくが考えたさいきょうのモンスター』か」

 小学生男子の妄想のような盛り過ぎチート設定に呆れ返るが、僕のツッコミに友人が気分を損ねた様子は無い。どころか、かえって増長させてしまったらしく、ふんぞり返って胸を張った。

「そのとおり。そしてその設定の再現度を、まさに今、これから確かめるのさ」

 きらりと輝く悪友の無邪気な瞳に、その宣言に、僕の背中を言い知れない悪寒がぞくりと駆け上がる。

 同時に、正面の巨大な機械が、ピロロロロ……と陽気な電子音を響かせた。


 「印刷」が完了したのだ。


 湧き上がる不安に引きずられるように、僕は恐る恐る、首を正面へと回していく。ランプが消えた機械内部に、いつしか大型犬ほどのサイズの物体が出現しているのが、ガラス越しに透け見える。


 そして、それは動いた。


 ――3Dプリンターの進化が止まらない。

 悪友が大枚はたいて購入したこの最新機種は、カタログの説明曰く、生成物の輪郭のみならず、内部の駆動装置アクチュエータおよび連動する全身機構、果ては自律制御装置――いわば「疑似脳」すらも完全に再現し、生成物内に組み入れることができるらしい。

 さらに驚くべきことに、生成物には作成者の思いどおりの機能やスペックをプログラム設定することが可能で、特殊素材から成る外装や機構パーツの強度と、そこから生み出されるパワーは、モデルである実物をも超越するという。


 AIという、ヒトすら脅かす頭脳に、ぬいぐるみのガワを被った「さいきょうのモンスター」が、プリンターの中でゆっくりと身を起こす。

 内側からクマのような手をモフリと押しつけられた強化ガラスに、小さな亀裂がピシリと走った。






 Fin.

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モンスター 秋待諷月 @akimachi_f

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