国守りの魔法使いと黒羊のハインリヒ

彩瀬あいり

国守りの魔法使いと黒羊のハインリヒ

 ウムリス国には、昔から国を守っている魔法使いがいます。

 名はハインツベルティッヒ。

 国ができたときからずっと生きているとされていますが、ちからの強い魔法使いに引きがれているだけで、まったく別のひとたちなのです。


 今の国守くにまもりの魔法使いは、異国からやってきた若者です。黒い髪に黒い瞳をしているために怖がられて、けれど便利屋のように扱われていたため、故郷から逃げてきたのです。

 彼は異形の自分がだいきらい。いっそ本物の魔物になりたいと思っていたところで、ハインツベルティッヒに出会い弟子でしになりました。


 祖父のような年齢の魔法使いといるうちに、彼のような『善い魔法使い』になりたいと思うようになっていきました。老いたハインツベルティッヒが亡くなったときには涙を流し、今は彼の後を継いで、国を守る魔法使いとして過ごしています。


 しかし黒い姿をした自分がきらいな若者はひっそりと町はずれで暮らしており、国民のだれもハインツベルティッヒの姿を知りません。

 国一番の魔法使いがいて、国のために魔法を使っていることは知られていますが、会ったことがあるひとはほんのわずか。そのため、まっしろな髪をした老人だとか、しわくちゃのおばあさんだとか、いやいや若い娘だとか、いろいろと噂をされています。

 若者は噂を利用し『姿すがたへんじの魔法』を使って、じつにさまざまな姿で客に顔を見せるのでした。





 国守りの魔法使いに憧れている男がいます。男はなんとかして自分が、誰よりも有名な魔法使いになりたいと考えていました。


 ならばハインツベルティッヒの評判を落としてやろう。そうしてオレが、善い魔法使いとして名乗りをあげるのだ。


 そうとは知らない若者は、相談があると訪ねてきた男を家に招き入れます。


「いったいなんの相談ごとだ」

「なあに簡単なことさ。おまえのかわりに、オレが国守りの魔法使いになってやろう」

「なにを言っている」

「おまえのようなまっくろな姿をした者が、善き魔法使いになどなれるわけがない。このオレこそがふさわしい」


 ずっと気にしていたことを言われた若者がひるんだとき、男が呪文をとなえました。そうしてどこからか取り出した銀色のナイフを突き立てたのです。


 体に刺さったナイフから、真っ赤な血が流れます。

 同時に、若者が持っている魔法のちからが、ナイフを通して相手に流れていくのがわかりました。

 このままでは死んでしまうと考えた若者は、残っているちからで姿変じの魔法を使い、その場から逃げ出しました。

 動物の姿になろうと思ったのですが、魔力がどんどん奪われてゆく状態ではうまくいかず。気づくと黒い毛におおわれた、やわらかな体のぬいぐるみの姿になっていたのでした。


 ナイフで切り裂かれたおかげでボロボロ。白い綿わたが見えており、歩くたびにこぼれていきます。これが人間の姿ならば、血が流れていくところでしょう。生き物でなくてよかったのかもしれません。

 よろよろと歩きつづけましたがついに力尽きて、道端でぱったりと倒れてしまいます。こんな路地裏で死んでいくのかと思うと哀しくなりました。


 師匠の名誉のためにも元の姿に戻りたいところですが、受けた呪いをくためには、おなじ状況を再現しなければなりません。

 つまり、もう一度あの男の前に立ち、ナイフで刺されるということです。

 魔力がほとんど残っていないこの体では、次に刺されると命をくしてしまうことでしょう。


 体を回復させなければ。

 そう考えたとき、若い娘の声が聞こえました。


「誰かの落とし物かしら。ずいぶんと汚れてしまっているわ」


 ぬいぐるみの体は軽く、細い腕でもひょいと持ち上がってしまい、そのままどこかの部屋に連れて行かれました。


「かわいそうに。つくろってあげるから、もうしばらく我慢してちょうだいね」


 若い娘が針と糸を持ち、あっというまに破れ目を縫ってくれました。

 飛び出した綿も仕舞い、千切れかけていた耳を縫いつけ、取れかけていた目も直してくれます。傷がふさがったことで体も動くようになりました。


「まあ、あなた。動けるの?」

「世話になった」

「まあ、あなた。おはなしができるの?」

「おれは行かなければならないのだ」

「行くって、羊の国にでも行くの?」

「ひつじ?」

「だってあなたは羊のぬいぐるみでしょう?」


 娘の言葉で自分の姿を知りました。鏡に映したところ、綿が減ってしぼんでしまった、黒い羊のぬいぐるみがありました。

 こんなときでもまっくろな色をしていることに哀しくなります。流れた血を吸っているかのように、赤く染まったスカーフが首元を飾っていました。はしっこが千切れたスカーフには名前の縫い取りがありましたが、『ハイン』でとまっているようです。


 魔力をなくし、不格好な姿になってしまった今、ハインツベルティッヒを名乗るわけにもいきません。

 すると娘はその先につづく名前を決めてくれました。

 こうして若者は、黒羊のハインリヒとして、娘の家で暮らすことになったのです。





 娘の名前はエリーゼといいました。両親は流行り病で亡くなり、父親が残した借金を返すために、衣服をつくる店で針子仕事をしています。ぬいぐるみの修復など、お手のものというわけです。

 半地下の狭い部屋は居心地がよいとはいえませんし、なんだかとっても薄暗い場所。

 ですがエリーゼ自身はとても明るくほがらかな娘で、毎日とても楽しそうに暮らしています。


 自分は呪いにかかった人間で、魔力をめて元の姿に戻りたいのだというと、「それはたいへんね」と言いました。

 あまり信じてはいないようなくちぶりでしたが、ハインリヒのお世話をしてくれます。

 固い黒パンと、具の入っていないスープ。

 欠けた食器に入ったそれをふたつぶんテーブルに並べて振る舞うのです。


 ぬいぐるみの体で食べることはできません。そう言って何度も断るけれど、「誰かと一緒に食べたいのよ」と笑うので、ハインリヒはスプーンをにぎって食べるふりをしました。

 なんだかおかしなことですが、それだけでまるで食事をしたような気持ちになり、おなかがふくれた気分になります。数日もつづけていますと、綿が減ってぺったりとしていた体がまるくなってきました。

 エリーゼは、まるで自分のことのように喜んでくれて、ハインリヒもまたうれしくなったものです。


 エリーゼは仕事場で捨てられていた端切れを持ち帰り、ハインリヒのために服をつくってくれました。はだかのままではかわいそうだというのです。

 エリーゼはいつか自分でお店をもって、素敵なドレスをつくるのが夢なのだとか。貧乏で、その日に食べるものを手にいれるのがやっとという生活をするエリーゼに、そんな日がおとずれるとは思えませんでしたが、ハインリヒは黙っておりました。


 そのかわり、エリーゼのために生活の改善をこころみました。

 あたたかい食事を出してあげたり、部屋の扉や窓を直して、すきま風をなくしてあげたりしました。ふとんの綿を新しいものに変えてふわふわにしてあげましたので、寒い夜だってへっちゃらです。

 それでもエリーゼは、ふわふわの毛並みをしているハインリヒを抱いて眠るのをやめません。綿がつまったハインリヒを抱いていると、あたたかいのだそうです。羊ですから、ふわふわです。


 すこし前までは部屋が寒いという理由があったものですが、綿入りのふとんがある今では、そちらのほうがずっとあたたかいはずです。それなのに、どうしてエリーゼはハインリヒのそばにいるのでしょう。

 こんなにも誰かの近くで眠った記憶がないハインリヒは、そのあたたかさになんだか不思議な気持ちになりました。エリーゼのためになることを、もっとしてあげたくなりました。


「ダメよ、ハインリヒ。あなたは元の姿に戻るための魔力を溜めなくてはならないのでしょう?」

「こんなことぐらい、わけはない。ほんのちっぽけな魔力で済む」

「それでもダメよ。もうじゅうぶんに助けてくれたからだいじょうぶよ」


 エリーゼはそう言いますが、泥まみれでぐちゃぐちゃになっていた、ゴミ同然のぬいぐるみを拾って直してくれた恩は、こんな程度では返しきれません。

 ハインリヒは言いつのり、ならばせめて、魔法を使うのは一日に一回だけにしましょうと約束させられました。

 ですからハインリヒは、いったいどんなことがエリーゼのためになるのか、喜んでくれるのかを考えながら、エリーゼが仕事から帰ってくるのを待つようになったのです。


 ぬいぐるみの体で掃除をして、食事をつくります。火が強すぎて毛が焦げてしまったこともありました。まっくろな毛ですからバレないと思っていたのに、毎晩一緒に眠っているエリーゼにはすっかりお見通しだったよう。翌日にはハサミで切り取られ、包帯を巻いてくれました。

 生まれ故郷では、傲慢ごうまんな人間ばかり見てきたハインリヒは、無欲なエリーゼを見て、人間に対する印象が変わっていったのでした。





 陽気でおしゃべりなエリーゼは、町の噂をたくさん教えてくれます。

 それによると『魔法使いハインツベルティッヒ』の評判はすこぶる悪く、法外なお金を取ったり、わざと間違った魔法を使ったりして、ひとびとをたいへんな目にあわせているそうです。


 悪魔に魂を売ってしまったにちがいない。

 かわりの魔法使いを探さなければ。

 新しい国守りの魔法使いを。


 そんなふうに言われているのだとか。

 ハインリヒは哀しくなりました。まるで、体につまった綿が石に変わってしまったかのような、重たい気持ちです。

 ところがエリーゼは、けっしてハインツベルティッヒを悪く言いませんでした。

 不思議に思ってたずねますと、ちいさいころに会ったことがあるというではありませんか。


「おかあさんの恩人で、とってもお世話になったのですって」

「そうか」

「私も会ったことがあるの。ほとんどおぼえていないけどね」

「それはいつ、どんなふうだったのだ」

「五つか、六つぐらいかしら。フードつきの服を着ていたから顔はよく見えなかったのだけれど、優しいおじいさんだったわ。頭をなでてくれて、困ったことがあったらおいでと言ってくださったの」


 エリーゼは今年で十七歳になるといいますので、いまから十年ほど前のことでしょう。それはちょうど十歳のハインリヒが、ウムリス国へ逃げてきたころとおなじです。もうすこし早くハインツベルティッヒに弟子入りをしていたら、エリーゼにも会うことができたのでしょうか。

 ハインリヒはすこしだけ残念に思いました。



 ハインツベルティッヒとして使う魔法は消費量が多いですから、それらと比べると、今の魔法で使うちからは微々たるもの。さらに『一日一回』と決められたせいなのでしょう。エリーゼとの暮らしで、魔力はどんどん溜まっていきました。

 それにしたって、使うよりも溜まるほうが大きいことは不思議なことでしたが、それはこうして誰かと生活を共にしているせいなのかもしれないと思いました。

 先代のハインツベルティッヒが亡くなってからは、ひとりきりの生活でした。客はいましたが、会うのはわずかな時間です。


 おまえはもっと他人とかかわるべきだよ。

 魔法使いは、誰かの願いを叶えるときにこそ、より大きなちからを発揮できるのだから。


 師はそう言っていました。

 故郷では、誰もかれもが無理をいてきたものですから、すっかり人間ぎらいになっていたため、そんなことはまっぴらごめんだと思っておりました。

 しかし、エリーゼの願いをひとつずつ叶えていくたびに、いままで以上のちからが満ちていくことを感じる理由は、「自分以外の誰かのため」だからこそなのでしょう。


 ああ、師匠。おれはようやくあなたに一歩近づけたのかもしれません。


 ハインリヒはぬいぐるみの体を震わせながら、敬愛けいあいする師匠を思いました。





 魔法使いは、見た目には普通の人間と変わりありません。病気にもなりますし、寿命もあります。ですから、いったい誰が魔法使いなのかは一見するとわかりません。

 ハインツベルティッヒのおかげで、町は今、魔法使いの印象が悪化しています。早くハインツベルティッヒを排除して、もっと優しい魔法使いに国を守ってもらいたいと皆が思っておりました。


 そんななか、貧乏暮らしをしていたエリーゼが、せていた体に肉がつき、ボロを着ていた服がましになり、家が修繕しゅうぜんされて持ち物が増えていくのをみて、新しい噂が立ちました。


 あの娘は魔法使いではないのか。

 ひとびとから集めたお金を使って、贅沢ぜいたくをはじめたのだ。

 あいつが、悪魔のハインツベルティッヒだったんだ。



 エリーゼの部屋には石やゴミが投げられるようになりました。

 ハインリヒが直してキレイにしましたが、「やっぱりあいつが魔法使いだ」ということで、ますます意地悪をされるようになってしまい、ハインリヒは落ちこみます。そんなハインリヒにエリーゼは言いました。


「噂なんてそのうち消えるわ。ハインツベルティッヒが絶対に助けてくれるもの」

「だが、彼は」

「きっと理由があるのね。私は彼が善い魔法使いだと知っているわ」


 エリーゼは荷物をまとめました。働いている店のオーナーであるグレゴール氏が、エリーゼの状況を心配して、店の二階に部屋を貸してくれるそうです。

 グレゴールは、借金まみれのエリーゼを雇い入れてくれたひとです。エリーゼの腕を買ってくれています。


「一緒に行きましょう、ハインリヒ」

「おれはここでいい。動くぬいぐるみなどを持っていたら、店主もエリーゼに疑いの目を向けてしまうはずだ」

「隠しておくから平気よ」

「いいんだ。おれはひとりに慣れているから」

「待ってハインリヒ。そんな哀しいことは言わないで、一緒に行きましょう」


 優しいエリーゼの言葉にこころは揺れましたが、これ以上迷惑をかけるのはイヤでした。溜まった魔力を使って、偽者のハインツベルティッヒを探そうと決めました。

 そうすればエリーゼの疑いも晴れ、いままでどおりの暮らしができるはずです。

 そのとき、もう自分はハインリヒとしてそばにいることはないのだろうと思うと、体の中の綿がぎゅっと圧縮されたような感覚になり、苦しくて哀しくなりました。





 ハインツベルティッヒを殺しそこねた魔法使いは、悪い噂を流してみたけれど、いつ本物のハインツベルティッヒが戻ってくるか心配でした。

 なにしろ相手は、国守りの魔法使い。悔しいことですが、彼の魔力は強大でした。取り込んだ魔力は使い続けていくうちに減っていきましたが、それでもまだまだたくさんあります。男が持っていた魔力とは雲泥の差。まるで象と蟻のようです。


 憎らしい。こんな大きなちからを持っていながら、なぜもっと自分のために使わないのだ。


 男はハインツベルティッヒを今度こそ殺して、彼に残っているすべての魔力を奪ってやろうと考えました。

 そんなとき、不思議な魔力を感じました。

 自分が持っているハインツベルティッヒとおなじものです。はじめはちいさな魔力のカケラでしたが、日を追うごとに増えてゆきます。


 こいつはもしや、ハインツベルティッヒに通じる者ではないのか?


 それだけではありません。減っていく一方だった魔力が、その者のそばにいると増幅されていく気がするのです。

 魔法使いの中には、補助魔法を得意とする者がいます。とてもめずらしい貴重な魔法です。


 もしやこの娘も魔法使いだったのか?


 男は、たずねました。


「エリーゼ、最近とても健康になったようだね。君の雇い主としてはうれしいことだ」

「はい、グレゴールさん。新しいお友達がよくしてくださいまして」

「友達ができたのかい? どんなひとだい?」

「恥ずかしがり屋なひとですから、内緒にしておきますわ」


 男の名はグレゴール。エリーゼを雇っている店主でした。

 グレゴールはエリーゼからハインツベルティッヒの情報を引き出すため、エリーゼに関する噂話を流しました。そうしてエリーゼを避難させる名目で店に引っ越しをさせることにして、やってきた彼女を地下の牢屋に閉じ込めてしまいました。


「これはどういうことなのですか」

「どうもこうも、ハインツベルティッヒはどうしたのだ。あいつの居場所を知っているんだろう。今度こそあいつを」

「まさか、彼に呪いをかけたのはあなたですか?」

「奴がいないのであれば、おまえを使うまでだ。おまえのちからを取り込んで、オレの中にある魔力を限界まで増やす。国一番どころか、世界中でもっとも強い魔法使いにだってなれる」

「なんですって?」


 エリーゼは自分にそんなちからがあるとは知りませんでした。けれど、思い当たることがあるとすれば、ハインツベルティッヒです。エリーゼの母は、彼のことを先生と呼んでいました。

 幼いエリーゼは知らなかったことですが、エリーゼの母は珍しい魔力をもつ魔法使いで、その血を引くエリーゼにもおなじちからが少しだけ受け継がれていたのです。ハインリヒの魔力回復が早かった理由は、そのちからのおかげだったのです。


 グレゴールはエリーゼの持つ希少なちからを奪うべく、ナイフを振り上げました。

 ハインツベルティッヒの魔力を奪ったときとおなじ呪文を唱えながら、娘の体にナイフを突き刺そうとしたそのときです。


「エリーゼ!」


 黑羊のぬいぐるみが飛び込んできたかと思うと、銀色に光るナイフを娘にかわって体で受け止めたのです。


「なんだこれはっ」

「ハインリヒ!」


 柔らかな体に埋め込まれるように刺さったナイフが、次第に輝きはじめます。


「なんだ、なんだ、どういうことだ」


 グレゴールが焦ったように叫びました。

 それもそのはず。はじめに呪いを受けたときとおなじ状況となったおかげで、ナイフを通して、グレゴールに渡った魔力がハインリヒの体に戻ってきているのです。

 ぬいぐるみの体が、より大きくふくれあがります。

 対してグレゴールのほうはといえば、魔力が吸われていくにしたがい、体が縮み、ミイラのように干からびていきました。


「あ、あ、あ、あ……」

「返してもらうぞ、おれのちから」


 やがてグレゴールは床に倒れ、体が砂のようになって消えてしまいました。

 これでやっと元の姿に戻ることができそうです。

 しかし、ここにはエリーゼがいます。ぬいぐるみのハインリヒが、ハインツベルティッヒであると知られてしまいましたが、エリーゼがずっと信じていた善き魔法使いハインツベルティッヒは先代魔法使い。今のハインツベルティッヒは、悪魔のような黒い髪をしていることを知られたくはありません。

 誰に何を言われてもいいけれど、エリーゼにだけは嫌われたくないと思ったハインリヒは、エリーゼのことが好きなのだと気づきました。


「ハインリヒ。やっと元の姿に戻れるのね」

「たくさん世話になった。キミの願いを叶えたい」


 そのあと、どこか知らない場所へ行って、ひとりで暮らそうと思いました。


「私の願いごと?」

「こころにある一番の願いごと、それを叶えよう。エリーゼがしあわせに暮らせるように」


 自分の店を持ってドレスをつくる。それがエリーゼの夢だと知っています。

 ハインリヒは魔法を使いました。

 せいいっぱい、気持ちをこめて。

 祈りを乗せた魔法は発動し、周囲はまばゆい光に包まれます。

 気づくとハインリヒは人間の姿になっており、あわてて逃げだそうとしたところをエリーゼが引き留めました。


「どうして逃げるの」

「おれはこんな悪魔のような姿だから。善い魔法使いだった先代のハインツベルティッヒのようには、なりたくてもなれない」

「あなたはずっとそばで私を助けてくれた。そんなあなたが善い魔法使いでなくて、なんだというの」

「しかし」

「願いを叶えてくれるのでしょう? ハインリヒとずっと一緒にいることが、私の一番のしあわせよ」



 主がいなくなった店を継いで、エリーゼとハインツベルティッヒは、仲良くしあわせに暮らしました。

 店の名前はハインリヒ。

 黒羊の看板がかかり、たいそう繁盛しました。


 それ以来、羊は商売の神として親しまれたということです。



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