週末の彼女
なるみ
第1話 出逢い
私の名前は
27歳のしがない会社員、独身。営業成績は常に真ん中、目立つことは好きではないし仕事に情熱は感じていない。これといった趣味もないが唯一の習慣として金曜日には決まって本を一冊、買って帰る。
晩秋の頃。健康診断が近いんで少し歩こうと思い、私は最寄り駅の一つ前で降車して帰ることにした。マップで確認した所、我が家までは歩いて30分程かかるようだ。
駅前はそれなりの賑わいをみせており商店も建ち並んでいた。夕闇の寒空の下、何気なく歩いていると一軒の古い本屋が目に留まって、それがやけに気になった。
「今日は金曜日……そうか」
そういえばまだ本を買っていないということを思い出し入店を決意したが直後に後悔もした。築年数50年を越えていそうな店の扉は勿論自動ドアではなく、引き戸である。
「なんとも不快だ」
幼い頃から潔癖性で不特定多数が触(ふ)れている取っ手など、とても素手では触(さわ)れない。袂からハンケチを取り出しなんとか入店。
さほど広くない店内には二人の立ち読み客と店主らしき老婆がいるのみであった。古本が多いものだと思っていたが意外にも店の三分の一は新本専用のスペースであった。真っ先に新刊コーナーに向かい色々と物色していた(勿論本には触れずに)。特に好みのジャンルが有るわけではなくその時の気分次第で読むものは決める。
そうだな、今日は純文学でも読んでみようかと思い本棚に目をやると嬉しい発見があった。
「これはッ……!」
探し求めていた一作、亡き氷室京花の遺作『独福論』。著者の死後に再版されたものの部数も少なく新品は滅多に手に入らない。電子本化もされていないため未だに未読であった彼女の作品とこんな所で出会えるとは……運が良い。週末に読む一冊はこれ以外他にないだろう。早速買って帰ろうと本に手を伸ばした時、視界の外から白い手がニュッと現れて本を持ち去っていった。
「あっ……」
油断していた。まさか他にもこの本を狙っている輩がいるとは……本を手に取ったのは20代前半に見える女性で時期外れの白いワンピースを着ていた。
私が恨めしそうに彼女の背中をみているとその人は黒髪を揺らしながら振替り薄い唇を動かしてみせた。
「ねぇもしかしてこの本買おうと思ってた?」
「まぁね……でも君が先に取ったんだから早く買いなよ。何とも思ってないからさ。本当に」
「うん、悲しさが顔に滲み出てる。貴方、面白いね」
「もういいかい。私は帰るよ」
「良ければこの本譲ってあげようか?」
「君の方こそ面白い人だ。それをして君に何の得があるんだ」
「本は読みたい人の手に渡るべきだからね。あっ、でも一つ条件付きね」
「なんだと?」
「少しだけ私に付き合って」
本欲しさに安請け合いしてしまった自分の愚かさを呪いたい。彼女がついてきてと手招きする。これまた古いオフィスビルのエレベーターに乗り込んで彼女は屋上、8階のボタンを押した。
「こんなビルの屋上に連れ込んで一体なんのつもりなんだ?」
「聞いて欲しいことがあるんだ」
日が落ちて遠くの街のネオンが煌めいているのがよく見える。彼女は人工的な光に照らされながら、あまりにも突拍子もない言葉を口にした。
「実は私、生きてる人間じゃないんだ。俗に言う幽霊って奴」
失望した。こんな所まで来てわざわざ言いたかったことがそれか。幼稚にも程がある。
「何を言ってるんだ。私は幽霊だとかそう言うの信じてないんだ。もしかして君、私のこと馬鹿にしているのか」
「信じてくれないよね。そりゃそうだ」
彼女は
「じゃ証明してあげる」
迷いはなかった。
「なっ……!止めろッ!」
彼女は身を投げた。彼女のお願い……それは自らが死ぬ瞬間を誰かに見届けさせることだったというのか。なんたることだ……私は一冊の本のために利用されたのか。
彼女との出逢いは私にとって最悪なものであった。
週末の彼女 なるみ @Putamaru
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