第2話

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 爺さんは身体の痛みが増してくると、俺に渡したいものがあると言った。爺さんが棚の奥にしまっていた箱を取り出した。

「──これはってヤツだ。憲兵も持ってるだろ?」

 確かに一部の憲兵は銃を持っていたが、こんな小さなものではなかった。しかも名前がちょっと違う。

「あれは熱線銃レーザーガンだろ? あれはマイクロ波加熱を使っているが、拳銃は弾丸を使う。もっと原始的なものだ」

 ダンガン。聞いたことがない。

「同じように使えるのか?」

「ちょっと違うが似たようなもんだ。人を殺すことが出来る」

 ふーん。こんな小さなものでか。

「弾がなけりゃなんの意味もないけどな。弾を入れてここを引くと弾が飛び出てくる」

「弾?」

 爺さんは頷いた。「弾はムラタのところで作ってもらってる」

 俺は眉間に皺を寄せた。ムラタの爺さんはゴミ処理場クリーンセンターの奥にある。ゴミ処理場とは〈向こう側〉のゴミと呼ばれるものがやってくるところだ。そこからこちらの生活に必要なものを選別する。ムラタの爺さんのところは廃棄物処理場ガーベッジ・ファシリティと呼ばれていて、本当に使い途のないものがそこにいく。

「あんなとこ行って使えるものなんてあるのかよ?」

「ああ、ならいくらでもな」

 俺は少し驚いた。ただのゴミの山で暮らしているだけだと思っていた。

「もうあそこまでは歩けない。これからはこの銃の管理はお前に任せる」

「任せるって言ったって使い方も分かんねえし」

「ムラタに聞け。お前が行ったら教えてくれるように話してある。実際に使ってみないと分からないだろうしな。こんな人が密集してるところでは練習できん」

 俺は爺さんから銃を受け取った。思ったよりも重さと冷たさを感じた。

「それがお前を守ってくれるだろう」

 爺さんはそう言うと銃の入っていた箱を閉め、棚に戻した。


 ゴミ処理場はここから歩いて一時間はかかる。その奥にあるのだからそれ以上かかるってことだ。朝出ても戻ってくるのは夕方になるだろう。だが俺は何故かワクワクしていた。この銃の重みは心地よいものだった。ポケットに入れてもよかったが、あえて布に包んで斜めに背負った。

 ゴミ処理場は相変わらず大きな音を立てて、〈向こう側〉から出たいらないものを吐き出していた。ここは自治会から許可を貰ったところ以外は立ち入り禁止だ。うちらにとっては宝の山だからだ。かつてはここを巡って争いになったようだが、それによって無駄に人が死んでいくのを見兼ねて自治会が厳しく統治することとなった。ここからでる残飯が加工されて飯屋に出てくるって仕組みだ。酒ももちろんここで手に入る。


 そこを過ぎてさらに山のほうに行くとムラタの爺さんの廃棄物処理場がある。ムラタの爺さんは俺の爺さんよりも更に偏屈で変人だった。まずは人と交流しない。だからどうして俺の爺さんと知り合いなのかが謎だった。

 ムラタの爺さんの家の前はガラクタに埋もれている。それを掻き分けて進む。そもそも本当にここにいるんだろうか?

「──なんで入ってきやがったッ!」背後から大声で怒鳴られた。慌てて振り返る。そこには壮年の男性が立っていた。背はそれほど高くはないが、ゴツい感じのする人だった。白いものが混じった長い髪を後ろで結っていて、肌の色は浅黒かった。

「いや、あのムラタの爺さんに用事があって」

「誰が爺さんだ!」あ、この人がムラタの爺さん──改めムラタさんか。

「いや、マキハラって言えば分かりますか? 爺さんの代理で来たんですけど」

「あ? お前がシュウか?」喧嘩腰だった態度が急に変わった。俺の名前は知ってるんだな。

「はい。爺さんがもうここまで歩けないっていうんで。代わりに来ました」

「そうか」ムラタさんはそう言うと頭を掻いた。「とうとうその時が来たってわけだな」そう呟いた。

 ムラタさんは俺に「持ってきたか?」と尋ねた。俺は背負ってきた布を外して、中身を出してみせた。

「使い方は知ってるか?」俺は首を振った。するとムラタさんは大きな声で「レオー」と呼んだ。

「いいか。俺の相手はマキハラの爺さんだ。お前じゃない。だからお前はお前の信頼できる奴を見つけろ」

 どういう意味だろうか。俺が考えあぐねていると、ゴミの山の向こうから声がした。

「なにー?」可愛らしい名前と言葉とは裏腹に、やたらデカい男があらわれた。ムラタさんほどガッチリはしてないが、それでもガタいはよかった。短髪で何故か片耳だけ奇妙な飾りが付いていた。歳のころは俺とそう変わらないように見えた。

「話してあったシュウだ。あとはテメエが説明しろ」

「全部?」

「ああ、全部だ。なンも聞いてねえ」

 レオは片眉を上げたがそれについてはなにも言わなかった。そして俺の顔を見ると「こっち」とだけ言って歩き出してしまった。慌ててついていく。

 ゴミの山を抜けるとあり合わせの木で作られたような小屋があった。その扉を開けてレオは背を丸めて入って行った。俺もその後に続いた。

 外から想像するよりも中は綺麗だった。木のテーブルも椅子も腐ってはいなかった。しかも電気が点いていた。

「電気……点いてるんだ」出てきた言葉がそれだった。

「まあ。ゴミ処理場の電気を拝借してる。一応取引きしてるし」

 確かに。ここで引き受けてくれなかったら、ゴミ処理場はすぐにいっぱいになってしまうだろう。

「なあ、本当に銃について何も聞いてないのか?」

 俺は頷いた。するとレオは手を差し出した。銃を渡せということだろうか。俺はその手に銃を渡した。レオはそれを受け取ると四角い箱みたいなものを装着した。

「もう弾は入ってるから」そう言うとまた外へ出て行った。慌てて追う。レオは外に出るとゴミの山とは反対側の何もないところに置かれた朽ちた机の上に空き缶を立てた。そして離れるとそれに銃を向けた。

 大きな音がした。何かが爆発するような。俺は慌てて耳を塞いだ。レオは何度も大きな音を立てた。空き缶には何かが通ったような穴が空いていた。レオは急に俺に銃を渡してきた。

「やってみろよ」

 レオはそう言ってやり方を俺に丁寧に教えてくれた。「とにかく最初は反動がすごいから両手で持って腰を落とせ」何度もそう言われた。

 初めて引き金を引く。弾は全然違う方向に飛んで行ったが、それでも何故か爽快な気分になった。何度も引き金を引く。少しは缶に近づいてきたと思ったら、急にカチカチという音だけして何も出なくなった。思わず覗き込んだ。

「バカッ! 銃口を覗き込む奴がいるかよッ!」レオは慌てて俺の腕を掴み、銃を取り上げた。

「ホント何も知らねえんだな。だいたいのことが分かっただろうから、あとは仕組みを教えてやる」レオは銃を持ったまま小屋に戻って行ってしまった。何だよ、まだ撃ちたかったのにな。


 それからレオからこの銃の仕組みと正しい使い方を教えてもらった。熱射銃とは全然違う代物だった。まず弾がないとどうにもならないってところだ。

「熱射銃より仕組みは簡単だけどな。弾がなけりゃどうにもならねえ」

「弾って何でできてるんだ?」俺は基本的な疑問をぶつけてみた。

「ざっくり言えば鉛と銅と火薬」

「そんなのどこで手に入れるんだ?」

「だからざっくりって言ったろ? 適当に混ぜもんさせてもらってるよ。火薬に関しては地下の倉庫に余ってるから」

余ってる?

「もう火薬なんかの時代じゃないし、〈向こう側〉の人間が使わないって捨てに来た。ただこっちで出回れば危険すぎるからな。自治会が出回らせるなって。だからウチで保管してる」

そうか。じゃあどうして俺の爺さんはこんなものを俺に託したんだろう。

「この銃の種類って知ってるか?」俺は首を振った。

レオは何やら本を持ってきて俺の前で広げた。俺は文字が読めない。だからそんなふうにみせられても困る。

「ベレッタ92FS。昔、日本の警察で使われていたものだ」レオは本の中の文字を指差した。

「警察?」

「今でいう憲兵みたいなもんだ」

「爺さんは憲兵だったってことか?」

「マキハラの爺さんは憲兵じゃねえよ。だから〈警察〉って言ったろ?」

 どうにもレオの言ってることは分からない。もしかしたらレオだって警察について知らないのかもしれない。俺はとりあえず「ふーん」と答えた。どっちでもいい。爺さんの昔なんて知ったところで何が変わるものでもない。それよりも俺は銃に魅了されていた。それで時々ここへ来てレオと一緒に銃の練習をすることを約束した。

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