第7話

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 それからレオは花火作りに勤しんだ。俺は俺で高い場所を探した。高いところ。この辺りじゃ崩れそうなビルしか見当たらない。できるだけ高いビルを俺は探した。そして入り込めそうでギリ崩れ落ちなさそうなビルを見つけた。屋上まで登ってみたが、最高の眺めだった。


 次の晴れの日、俺たちは決行することにした。

 レオはミアの遺骨を撒きに行き、俺は充電して飯屋に手伝いに行った後でおち会うことになった。

 俺は一旦家に戻った。爺さんが育てていたプランターの豆は、大きく育ってはいなかったがそれでもまだ生きていた。水やりをする。

「頑張って育てよ」最近じゃ豆に話しかけることが多くなった。そういえば爺さんも豆に何やら話しかけていたことを思い出した。

 飯屋の近くに立っていると、レオが走ってくるのが見えた。

「なんでそんなに大荷物なんだよ?」俺は開口一番そう言った。

「バカ。花火ってのは準備が大変なんだって。それに……」

「うん?」

「いや、なんでもない。楽しみは取っておく」

 レオはよく分からないことを言っていたが、そんなことを気にしてる場合じゃない。

「行こうぜ!」俺はレオの肩を叩いた。


「よく見つけたなあ。こんな眺めのいいところがあったんだな」

 レオは屋上からの風景を見て感嘆の声をあげた。途中の階段で散々文句言ってたくせに。

「まあな。でもここに入って来るやつはあんまいないな」

「そりゃそうだろ。古い看板に“立ち入り禁止“って書いてあったぞ」

 レオが呆れたように俺に言った。そりゃすまなかったな。字が読めないんだから仕方ない。

 レオは準備を始めた。俺も指示に従って手伝うことにした。

「なあ、今日って銃は持ってるか?」

 俺はポケットから出してみせた。銃の仕組みをレオから教えてもらって、安全に持てることを知った。それから肌身離さず持っている。すでに俺の相棒だった。

 レオは弾倉(マガジン)を三つほど俺に渡してきた。

「銃を空に向けて撃つってのも供養になるらしいぜ」

 へえ、そんなのもあるんだな。じゃあそれもやってみよう。


 レオが準備が整ったというので、最初は俺が銃を撃って始めることにした。

 弾倉を嵌める。撃鉄を起こし、引き金に指を掛けた。銃口を空に向ける。引き金を思い切り引く。重く弾けるような音と反動が心地よかった。何度も引き金を引く。弔いの音が鳴り響いた。

「そろそろ点火するぞ!」レオが叫んだ。俺は頷いて、最後の引き金を引いた。

 レオは火をつけると後ずさった。成功するだろうか。ジリジリと音がして立てられた筒の中から玉が飛び出した。俺たちはそれを固唾を呑んで見守った。上手く爆発するだろうか。

 その玉は爆音と共に美しい円を描いた。それは色とりどりに夜空を彩った。そして吸い込まれるように夜空に散って言った。

「──すげえ」

「成功だッ!」レオは飛び跳ねて喜んだ。そして次の導火線に火を点けた。

「すげえな! レオ!」俺はやっと我に返って、レオに声をかけた。「天才だろ!」

 レオは嬉しそうに笑っていた。次の花火も美しい花を咲かせた。

 何か街が騒めいてる気がしたが、何を騒いでいるかはここまで届いては来なかった。レオは次々と点火した。轟音と共に美しい花が咲く。大きな音も火薬の匂いも心地いいものに感じた。ずっと眺めていたいと思った。


「なあ、こういうのもあるんだぜ!」レオは大きな筒を抱えてやって来た。設置されてる筒とはまた違うものだった。

「なんだ、それ?」

「こっちのは〈打ち上げ花火〉っていうんだ。で、持ってるのは〈ロケット花火〉っていうんだ」

「何が違うんだ?」

「これは倒しても真っ直ぐ飛んで行く、はず」

 倒す意味が分からない。空に咲くから美しいんじゃないのか?

「点火すると真っ直ぐに飛んで行く。だからこの先端に自称〈小型プルトニウム爆弾〉をくっつけてみた」

「はあ?」どこから突っ込んでいいのか分からない。ただの爆弾を付けたところで全然綺麗じゃない。

「それって花火の意味あるか? というか自称ってなんだよ」

「革命軍だった奴が埋めていった。俺んとこの裏に何か埋めやがってたから怒鳴りつけてやった。慌てて逃げて行ったけど」

 それってもしかして。俺は思い当たる風貌を説明した。もしかしたらそいつじゃないかって。

「ああ、そんな感じ。そいつじゃないかな。なんか死んでたのが見つかったってムラタさんが言ってた」

やっぱり。

「それはプルトニウムじゃない。騙されて偽物を掴まされたって聞いたぞ」

 だろうな。レオはあっけらかんと答えた。「そんなに簡単に手に入るわけねえもんな」

「でも付けてきちまったんだろ?」

「うん。外壁(シールド)に向けてみようかなって」

〈向こう側〉は半透明の外壁に覆われている。嘘みたいな高い建物の上で煌々と光る灯り。それを見上げながら生きてきた。絶対に敵わない象徴のようにそびえ立っている。

「そんなところに向けてどうするんだよ?」

「外壁に当たったら面白いかなって思っただけ」レオは肩をすくめた。「シュウが止めるならやめる」

 どうせ花火をやったこともバレたら怒られるんだろう。憲兵に捕まるかもしれない。だったらやってもいいんじゃないか? 俺の中でそんな思いが浮かんだ。

「偽物ってどういうのか見てみたい気はする」

「だろ?」

 どうせ偽物なんだ。外壁に向けたところでどうなるものでもないだろう。それにレオだって少しは──いやおおいに〈向こう側〉を憎いと思う気持ちがあるはずだ。ミアのことだって愛し合ったというよりも、自分と同じように〈向こう側〉から捨てられたって同じ境遇にただならぬ強い情が湧いたんだろう。それが憎しみに変わったとしてもおかしくない。外壁に少しくらい傷をつけるくらいにはやり返したいって気持ちはよく分かる。

「幾つあるんだ?」

「三つ。全部ロケット花火に付けてきた」

「じゃあ最後のやってみようぜ。一回くらいやってみてもいいだろ」

「三回だけどな」

 俺たちは打ち上げ花火を最後まで見守ると、ロケット花火を並べた。

「外壁に当たるかな」

「さあな。当たったところで分からないかもしれない」

「だな」

 俺たちは並んだロケット花火に順番に点火していくことにした。同じようなところに三回は当たるわけだから、少しくらいはダメージはあるだろう、運よく当たればの話だが。

 ジジジと不穏な音をたてて、導火線を進んでいく。そして立て続けに二つ目、三つ目と点火した。

 一つ目のロケット花火がシューと打ち上げ花火より高い音で、勢いよく飛び出して行った。どうやらそこまでは成功らしい。俺たちは黙ってその軌道を見守った。すぐに二つ目も三つ目も飛び出していくだろう。

 どうやら一つ目が外壁に当たったらしい──。

 いきなり閃光に包まれて、目が眩んだ。慌ててしゃがみ込む。立っていられないほどの轟音が響いた。

「ウソ、だろ」

 しゃがみ込んだ俺とは対照的に、レオは呆然と立ちすくんでいた。そしてそう呟いた。

 俺の目はやっとまともに見れるようになってきた。ゆっくりと確認するように立ち上がった。

「──どうだった?」

 少しはダメージを与えられただろうか。だが不思議だったのが、二発目と三発目は一発目よりも眩しさを感じなかったことだ。レオは黙って振り返ると、飛んで行ったほうを指差した。俺はレオの隣に立った。〈向こう側〉を見た。

「う、そ」

「あれって本物だったみたいだ」

 だろうな。外壁には大きな穴が空いていた。そして二発目と三発目はその大きな穴から、外壁の中に入り込んで爆発を続けていた。本当なら爆風で立っていられないかこのビルも崩れていたかもしれない。けれど外壁がそれを上手く緩和していた。

 外壁の中の阿鼻叫喚ぶりはここからでもよく見えた。あの象徴的な建物も崩れ始めていた。その中から多くの人がわらわらと逃げ出してきていた。

 多くの人──確かにそれは間違っていないのだろうけど。

「なあ。あれって俺たちと同じ人間か?」

「同じ、ではないだろうな」レオは硬い声でそう答えた。「アレは進化した人間なんだろ」

 そうなんだろうか。頭だけが妙に大きくて、細い手足。太ってるわけでもないのに走るのもままならないようだった。

「でも憲兵は俺たちと変わらないだろう?」

「知ってたか、シュウ。憲兵ってのは〈向こう側〉じゃ地位の低い仕事らしいぜ。暴力的だって。暴力的なことをする仕事ってのは尊敬に値しないんだそうだ」

「自分達のやってることそのものは棚に上げてか? あんな拷問が許されたり、自分らの食ってる肉の飼料に死人がリサイクルされててもか? 狂ってるな」

「俺たちは人じゃないんだろ。それと同じ姿をしてるんだ、憲兵だって向こうじゃ人じゃないのかもな」

「どうでもいいな」

 つい口から溢れた。どうやっても分かり合えない。だったら考えるだけ無駄だ。

「シュウ、そろそろ戻ろうぜ。向こうがガタガタしてる隙に逃げねえと」

「だな」

「どうする、しばらくウチに来ないか?」レオは俺の腕を取って走り出すとそう言った。

「爺さんのプランターを持って行っていいなら」

「じゃあ決まりだな」レオはそう言ってニカッと笑った。

 その笑顔は何かすっきりしたような顔だった。


 このビルが崩れ落ちる前に降りなくては。俺たちは相当急いで駆け降りた。階下にたどり着いた時は肺が破れるかと思うくらい息が上がっていた。

 街は騒ついていた。大声で歓喜の声をあげる者、悲鳴をあげる者、それぞれだった。誰も彼もが〈向こう側〉に目を向けていた。どうやらこの喧騒に紛れて逃げられるだろう。

 逃げなくては。俺たちは休むことなくその場をあとにした。

 すぐにまた走り始めた。俺は走りながらレオに声をかけた。

「なあ、俺に字を教えてくれないか? 俺も文字が読めるようになりたい」

「そんなのすぐだよ」

 レオは俺の背中を叩いた。そうだな。そんなのすぐかもしれない。

「文字が読めるようになれば、世界が広がるぜ」

「そうだな。世界は広いんだ」

 俺たちはそのまま走り続けた。そして闇に紛れていった。


〈了〉

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明日は手の中に 柚木ハッカ @yuzu_hakka

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