第6話
俺たちは彼女を火葬することにした。ここでは自治会の名簿にない者を穴に落とすことは出来ない。名簿にない者は死んだ場合は憲兵に引き渡すことになっている。もしかしたらゴミ処理場の奴らはそれが嫌で、レオのところに放っておいたのかもしれない。
小さな焼却炉ならここにだってある。だが俺は木を拾ってきて、雨があたらないところを選んで燃えるように積み上げた。そんなところにバラバラにして押し込めて焼く気にはなれない。
するときっと火力が足りないと言ってムラタさんもなにやら用意してくれた。レオは彼女から離れることが出来なかった。
ムラタさんと用意が終わると、今度はレオと一緒に木箱を運び出した。ムラタさんは油のようなものを撒き、火を放った。火は勢いよく彼女を包み込んだ。それを見てレオがまた涙をこぼした。
ムラタさんのおかげか火は勢いよく燃え続けた。俺は高く燃え上がる火を眺めていた。確かに燃えていく姿を見ていて悲しくないわけがない。けれど俺は爺さんのことを思い出していた。穴に落とされて処理されて飼料になる。それだって役に立つんだ、立派なことだろう。けれど──俺は爺さんもこうやって焼いてあげたかった。そう思ったらどうしようもなく悲しくなって、気がついたら涙をこぼしていた。
「──なんで、泣いてるンだよ?」レオはグスグスと鼻を鳴らしながら俺に言った。
「悲しいからに決まってるだろ」
「それは、そうだけど」
「彼女のことだけじゃない。俺は爺さんのことも思い出してた」
え、と声がした。「もしかしてマキハラさん」
「ああ、ついこないだ逝っちまったよ」
「──ごめん」
レオはそう一言だけ呟くと黙り込んでしまった。
「俺の爺さんもこうやって焼いてやりたかったな」俺はそう言った。「この火は綺麗だ」
レオと俺はずっとその火を見つめ続けた。
何時間もその火を見つめていた。不思議と苦痛な時間じゃなかった。ムラタさんから「そろそろ終わるぞ」と言われてやっと我に返った。
彼女の骨はボロボロで、その身体を支えていたとは思えなかった。ムラタさんは「少ねえな」と言ったきりだった。
俺たちは耐火手袋で雑に一斗缶にぶち込んだ。一斗缶も必要なかったけれど。
「これってどうするんだ?」俺はレオに尋ねた。
「そのへんに撒く」レオは手を止めずにそう答えた。「適当に撒いておいたら、風に乗ってどこにでも行けるだろ?」
レオはどこかに埋めるのだろうと思っていた俺は少し驚いた。
「死んだあとくらい自由にしてやりたいんだ」
そうか。俺はそう小さく呟いた。
レオはひと掴みだけ別の容器に入れると「今度天気のいい日に遠くまで行こう」と言った。
それが済むとレオは自分の小屋に俺を誘った。俺も爺さんと暮らした場所に帰る気にもなれず、レオに誘われるまま小屋に寄った。
「なあ。俺、ずっと考えてたんだけど」
レオはそういうと何やら奥からまた本を取り出してきた。そしてまた俺の前に広げた。
「俺は字が読めないって」
「いいから、これ見ろって」レオは本の写真を指した。そこには真っ暗な空に綺麗な花が咲いていた。俺はその美しい写真に見入ってしまった。
「綺麗だろ?」
「ああ」
「これは〈花火〉っていうんだぜ」
「ハナビ?」
「ここにな〈死んだ人を供養するために花火を上げた〉って書いてある。残された人が供養すればするほど、死んだ人の地位があの世で上がるものらしい」
「死んだ後も地位が上がるとか、そんなの面倒だな」
「ただの迷信だろ。けど昔は死者を供養するので花火を上げたらしいんだ」
へえ。こんな綺麗なものが夜空に上がるなら、それはそれで爺さんも喜ぶかもしれないな。
「──なあ、花火打ち上げようぜ」
「はあ?」
「シュウはいま爺さんのこと思い出しただろ? 俺だってミアに見せてやりたいって思ってさ」
「ミア?」
「あの子の名前だよ。俺がつけた。名前が欲しいって言われたから」
「そうか。でも作り方とか知らないだろ?」
レオはチッチッと口を鳴らすと、また奥から本を取り出した。「これに書いてあるんだな」
それを見せてもらったが、花火が載ってる本と違って文字ばかり書いてあった。
「──レオはこんなの読めるんだな」ふいに口からこぼれた。
「ああ、ムラタさんから教えてもらった。文字が読めないとこの仕事は出来ないんだって。まずゴミ処理場と契約するのに困るし、危険な物が持ち込まれることもあるからちゃんと読めないと死ぬぞって」
そうか。この仕事も命懸けなんだな。
「それにムラタさんはたぶん花火の作り方を知ってるはずだから。なあ、でっかい花火を上げようぜ!」
「そうだな」俺は頷いた。爺さんの弔いなんてちゃんとしてやれなかった。せめてでっかい花火くらい上げてもいいか。
「上げるとしたら高いところで上げるほうがいいと思うんだよな。そのほうが高くあげるだろ?」
「そうだな。空に近い方があの世に近い気がする」
「シュウはあの世は空にあると思ってンの?」
「いや、それは分からないけど。少なくとも地下じゃねえだろ」
「まあそうだな」レオはやっとニカッと笑った。俺たちはやっとやるべきことを見つけた。
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