第5話
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〈こちら側〉では人は死んだら穴に捨てられる。
そのための大きな穴が開いている。普段は閉まっていて、死んだことを自治会に知らせると、その穴は自治会立ち会いのもと開かれる。
その穴の中で処理をした後に〈向こう側〉の家畜のための飼料となる。何事も無駄にはしないってことらしい。
爺さんも自治会の用意した粗末な木箱に入れられて運び出された。俺は家族ということで、穴に落とされる瞬間に立ち会うことが出来る。俺は木箱と共にその大きな穴の前に立った。
確かに爺さんの言ってたことは本当だったんだろう、自治会の役職付きの爺さん達が揃ってやって来ていた。
自治会の昔は僧侶だったという爺さんが、よく分からない言葉を唱える。そしてあっという間に爺さんの入った木箱は穴に落とされた。あっけないものだった。俺はそれをただじっと眺めているほかなかった。
爺さんが亡くなって少しして、俺はレオを訪ねた。ここのところなんだかぼうっとしていて、誰かと話さないとおかしくなりそうだったからだ。その日は雨だったが訪ねていくことに決めた。
レオの小屋に向かおうとすると、珍しくムラタさんが顔を出した。
「あー、いまアイツ落ち込んでるからよお」そう言って頭を掻いた。理由を尋ねたが、言い淀んで教えてもらえなかった。何をそんなに落ち込んでいるのだろうか。俺は小屋の戸を叩き、返事も聞かずに扉を開けた。
中は暗く、膝をついて何かにもたれたレオの嗚咽が漏れ聞こえてきた。
「──レオ?」俺はそっと声をかけた。それはレオには聞こえていなかったらしい。嗚咽が止むことはなかった。近くに寄って行って俺も膝をついた。
「レオ」
レオはやっと顔を上げた。そして俺を見た。「シュウ……」そう言ってその瞳からポロポロと涙をこぼした。俺は正直ギョッとした。一体なにがあったんだ!?
俺はレオがもたれていたのは木箱だと気がついた。その中を覗いた。
「──え?」
そこに横たわっていたのは女性だった。しかも歳の若い俺たちとそう変わらないように見える女の子だった。
「レオの、知り合い?」
「うん」
「まさか恋人?」
「恋人かどうかは分からないけど、愛し合った人」
「そんな人がいたなんて知らなかったな……」俺はその子の顔を見つめた。可愛らしい顔をしていた。真っ白で陶器のような肌だった。まだ唇には赤みが残っていて、待っていたら目を覚ますのではないかと思った。だが彼女の身体にかけられた布には赤黒い液体が滲んできていて、異臭を放っていた。木箱に入ってるということは生きてはいないのだろう。
「うん、一昨日知り合った」
うん?
「一昨日、そこのゴミの山に捨てられてた」
捨てられてた? さっき『愛し合った』って言ってたような。
「捨てられてた時はまだ生きてた」
「捨てられてたってどういう……?」
レオは俺から視線を外して、彼女の顔を覗き込むように見つめた。
「彼女は──〈向こう側〉から来たんだと思う。助からない怪我をしてた。もしかしたらゴミ処理場の奴らが黙って置いて行ったのかも」
「助からないって。〈向こう側〉は怪我でもなんでも助かるって聞いたけど」それこそこっちと違って長く生きられると聞いたことがあった。
「シュウはこっちで産まれた女の子が〈向こう側〉に連れて行かれるって話って聞いた事ない?」
それは聞いたことがある。女の子なら〈向こう側〉に行けるって。けれど俺は何故か以前会った革命軍の男を思い出していた。
「運が良ければちゃんとした暮らしもできるらしいけど──この子はそうじゃなかったみたい。下半身がぐちゃぐちゃだった」
「……そうか」それはそういう目にあったということなんだろう。確認するまでもなかった。
「それでも愛し合ったんだ」レオは泣き出しそうな顔をしてそう言った。
「朝まで抱きしめてくれって言って。それでずっと腕の中で抱きしめていた。それから腕の中でとうとう──」
そこまで言うとレオは声を上げて泣き出した。俺はレオの背中を摩ることしか出来なかった。
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