第4話

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 ほどなくして俺の爺さんの容体が急に悪化した。もう立てなくなっていた。苦しそうに息をしていた。飯屋の女将にもレオにもしばらくは看病で動けないと伝えた。爺さんも俺がずっとそばにいても、もう何も言わなかった。

 時折意識が混濁してきた。もういよいよなんだと思う。

「──意識があるうちに話がある」爺さんは急にそう言った。俺は爺さんのそばに座った。

「お前の痣、焼きごてで焼かれた痕だって言われたそうだな」

 俺は眉間に皺を寄せた。そういえばこないだ女将が顔を出してくれて、何やら話し込んでいたがそんなことを言っていたのか。

「俺は気にしてない」そんなことはいま気にすることじゃない。

「──その男の言ったとおりだ。お前の痣は焼きごてで焼かれた痕だ」

 そんなわけあるか。俺は刺青もされてないし、三日で死んだりしなかった。

「焼きごてで焼いたのはお前の親だ。諜報部隊なんかじゃない」

 爺さんははっきりとそう言った。俺は驚いて声が出なかった。爺さんの言ってることは本当なのか?

「〈向こう側〉と〈こちら側〉が分かれた時に、お前の親は〈向こう側〉の人間になった。その時分はまだ揉めていてな、分かれることに反対してる者が〈向こう側〉にも多くいた。お前の親は反対運動に参加していた。もちろん取締りは厳しかった。いよいよ捕まるかもしれないという情報がもたされた。このままだと親もお前も殺される。それで焼きごてで顔を焼いて痣があることにして、こっちに住む俺に託したってわけだ」

 俺は爺さんの顔をジッと見つめた。とてもさっきまで息が苦しいと唸っていたようには見えなかった。そして妄想を話ているようにも思えなかった。何かを思い出すような目の光は失われていなかった。

 確かに何もない綺麗な赤ん坊ならここに来る理由はない。爺さんに託すためにわざわざ見えるところに痣を作ったという話はあながち作り話とも思えない。俺は親はどうなったと聞きたかった。だが今の話ぶりだともうこの世にはいないのだろう。

「──俺とお前の父親は警察で上司と部下という関係だった。俺達は特殊班捜査係SITというところで一緒だった。悪い奴を捕まえる仕事だ」

「それって憲兵とは違うのか?」

「俺たちは何か悪いことをしてるのか?」爺さんはそう言って俺に顔を向けた。「もうはない。死んだんだ」

 そうか。そういう仕事を爺さんも俺の親もしていたのか。

「だから銃を持ってた」爺さんはそう言って目を閉じた。「お前の父親は銃が上手くてなあ。銃なんて使わないに越した事はないんだが、それでもいざって時に使えなきゃ意味がない。お前の父親はそういうセンスがあった」

 俺の父親。にわかには想像しがたかった。

「──そんな誇り高き銃を、俺は汚してしまった」爺さんはそこで言葉を切った。俺は爺さんの言葉を待った。爺さんは急に泣き出しそうな声になった。

「まだ自治会なんてものがなかった頃は、ここも危険な場所だった。食いもんをめぐって争いが絶えなかった。それにどうやってもいうことを聞かない暴力に訴える奴も多かった」

 ──それを自治会の頼みで秘密裏に闇に葬った。

 爺さんは小さな声でそう言った。

「正義のために使われてた銃を、そうでないことに使ってしまった」

「俺は」俺は急に口を開いた。何か言わなくちゃと思った。

「正義ってなんだ? 俺は〈警察〉なんてものは知らない。でも今の生活を悪いものだとは思ってない。それを作るためにやったんなら、それだって正義だろ?」

 俺は早口で捲し立てた。爺さんは間違ったことなんてやってないんだ。

 爺さんはそれを聞いてふと微笑んだ。

「そういうところも父親にそっくりだな」

 そう言って俺に手を伸ばした。俺はその手を強く握った。違う。父親なんてどうでもいいんだ、俺はあんたに似てるって思ってて欲しいんだ。


 爺さんはその日の明け方、眠るように逝った。


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