世界最後の日は遊園地で

七海 司

世界最後の日は遊園地で

 嬉しそうな声が聞こえてくる。

 どこからともなく楽しげな音楽が流れ耳に届く。顔を上げると人、人、鳩、人。そして僕の視界の半分以上を占めるのがランドマークのアイスバイン城をモデルに作られた城だ。

 数刻前までは楽しく、遊園地を満喫していた。そのまま世界最後の日人生最後の日を幸せに過ごしてハッピーエンドのはずだった。それなのにたった数瞬、マスコットに目を奪われたばっかりに二歳の娘とはぐれてしまった。

 周囲を見渡しても見つからない。大人が邪魔で小さな娘を見つける事ができない。

 居ない。見つからない。呼びかけても返事がない。

 まるで夢の世界が反転して悪い夢の世界になったようだ。

 極彩色のアトラクションがサイケデリックめいた悪夢の壁に見える。

 慌てふためいている私を笑いながら、白いカーディガンを制服の上に羽織った少女2人が通り過ぎていく。子供の泣き声が聞こえる。咄嗟にそちらを向くが娘ではなった。娘は無事だろうか。黒いプリーツスカートの双子コーデの女性の先に娘がいた。ああ、危ない。娘が足元を見ていない男に蹴られそうになる。

 思わず駆け出したが、飾り耳をつけた中高生の集団に阻まれる。邪魔をしないでくれ。また、見失ったではないか。

 楽しげな声が耳障りだ。笑顔で通って行く人々に嘲笑われているようだ。世界最後の日に何をしているのだと。

 居た。良かった怪我はない。抱きしめた瞬間に笑顔を向けてくれる。体温の柔らかな暖かさが伝わってくる。なによりも笑顔がガサついた心をひりつかせる。

 笑顔を見ていると人生を終わらせる決意が鈍る。世界最後の日は先延ばしにしてもいいのでは無いかと思う。

 生きるのは辛いがそれと同じくらい死ぬことも辛い。だったら、わざわざ行動を起こさなくてもいいのでは無いだろうか。

 結論を出した僕を指差し、怠惰だと、ペアルックの恋人達が罵る。



 布団を跳ね除け、飛び起きた。酷く出来の悪い夢だった。僕に娘など居ないし、何よりも、まだ彼女すら居ない。それも今日までだ。卒業遠足で告白する段取りはできているのだから。アイスバイン城……違う。アイスバインは豚肉だ。ノイシュバンシュタイン城だ。



 まさか、僕がバス中で今の悪夢よりも酷い不運に見舞われるとは想像もできなかった。

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