思い出の小書店
九戸政景
思い出の小書店
「……帰ってきたな、ここに」
駅から出て、故郷の景色を見ながら呟く。小学生になる直前で親の仕事の都合で引っ越し、今度高校生になる春頃、こうしてまた親の仕事の都合でここへ戻ってきたのだ。
と言っても、両親は向こうで住んでいた家の片付けなどでまだこっちには来ておらず、祖父母が管理していた家の簡単な片付けを頼まれているのだ。
「……そういえば、ここに住んでいた時に行ってた本屋があったな。家に行く前に行ってみるかな」
独り言ちてから俺は歩き始める。そこはおじいさんの店主がいる何の変哲もない本屋だ。けれど、ここに住んでいた頃に幾度か行った事があったからか何故か無性にそこへ行きたくなっていた。
駅からの道を思い出しながら歩く事数分、記憶よりも少し古びたその本屋の前には高校生くらいの女の子と小学生くらいの女の子の二人がいた。
それだけなら不思議な事はないが、小学生くらいの女の子は目の前に少し大きな段ボール箱を置いていて、その上には何かが載っており、その光景に疑問を感じた俺はゆっくり近づいた。
「こ、こんにちは……」
「あ、こんにち──」
「いらっしゃいませ、お兄さん。何かお求めですか?」
「え?」
「あ、こら! お店屋さんごっこは良いけど、他の人には迷惑をかけちゃダメだって言ったでしょ!」
「だって……」
高校生くらいの女の子に叱られ、小学生くらいの女の子がシュンとする中、高校生くらいの女の子は俺に向かって頭を下げてきた。
「ごめんなさい、ウチの妹が……」
「あ、ううん……えっと、君達は……?」
「私は
「そっか、あのお爺さんは君達のお祖父さんだったのか……」
「あれ、祖父を知ってるんですか?」
「ああ。ここには昔住んでて、またこっちに戻ってきたところなんだ。それで、そのお店屋さんごっこっていうのは……?」
俺の疑問に対して文菜ちゃんは胸を張りながら答えてくれる。
「お祖父ちゃんの後を継いでまたここで本屋さんをやるつもりなんです!」
「後を継いでって……それじゃあここはもうやってないのか……」
「はい。ここは店舗兼住居なので祖父母の体調不良が理由で最近私達もここに引っ越してきたんですが、この子ったらお祖父ちゃんから話を聞いたらすぐに後を継ぐって言い始めて……」
「だって……お祖父ちゃん、本屋さんを辞めた話をしてた時にすごくしょんぼりしてたもん。だから、私がここでまた本屋さんをやりたいの」
「その気持ちはわからなくもないけど……」
文香さんがため息をつく中、俺は段ボール箱の上に置かれた物を指差した。
「それじゃあもしかしてこれは文菜ちゃんが用意した売り物なのか?」
「はい……この子はお話を考えるのが好きなので、それに美術部の私が挿し絵をつけて簡単な本みたいにしてるんです。それで小さな本屋さんみたいにしてて……」
「そういう事か……」
見ると、売り物だという本はコピー用紙で出来ていて、綴じるのもホッチキスでやっていたため、お世辞にも売り物としてはあまり出来が良くはなかった。
けれど、文香さんが描いた絵はとても味わい深くて優しげで、どの本にも文菜ちゃんの思いや文香さんの優しさが溢れていたため、俺はその内の一冊を静かに手に取った。
「……これ、一冊貰っても良いかな?」
「……え?」
「ほ、ほんとですか!?」
「うん。別に同情みたいなのなくて、純粋に欲しいなと思ったんだ。だって、この本はここでしか手に入らない物だし、何となくでも欲しいと思わせてくれたからさ」
「そこまで言ってもらえるなんて……本当にありがとうございます!」
「どういたしまして」
返事をした後、俺は文香さんから値段を聞き、それを支払った。文菜ちゃんは嬉しそうにしていたが、文香さんも同じように嬉しそうにしていたため、俺はその姿を見て胸がポカポカとしていた。
「さてと……それじゃあ俺はそろそろ行くよ」
「あ……あの、その前にお名前だけ聞かせてもらえませんか? もしかしたらお祖父ちゃんも覚えてるかもしれませんし、話してみたいんです」
「
「土筆文章さん……わかりました、本当にありがとうございました」
「文章お兄ちゃん、ばいばーい!」
「うん、ばいばい」
頭を下げる文香さんと元気良く手を振ってくる文菜ちゃんに対して手を振り返した後、俺は家に向けて歩き始めた。
その道中、買った本を見てみると、表紙には“はるまんかい”と可愛らしい字でタイトルが書かれ、とても見事な桜の木の絵がその下には描かれていた。
「はるまんかい、か。春は出会いと別れの季節っていうし、偶然とはいえ良い物を選べたかもしれないな」
春頃に帰ってきた故郷で俺に訪れた新たな出会い。一般的な物語だと、この後に俺は文香さんと学校かどこかで再会して、色々な出来事を通して恋に落ちていくのだろうが、そんな事はたぶん起きないだろう。現実とは基本そんなものだから。
「……だけど、今ので俺にとって思い出が一つ出来たな。それも、中々忘れられない上に思い出した時にはこの春の気候のように暖かな気持ちになれるものが」
小さな女の子が営む小さな書店と小さな店主を支えるしっかり者のお姉さんの二人を想起してクスリと笑った後、俺はあの思い出の小書店には度々訪れてみようかと考えながら新たな物語のページを捲るためにまた一歩ずつ歩き始めた。
思い出の小書店 九戸政景 @2012712
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