クマと少女

冨平新

クマと少女

 中学校からの帰り道、

中学1年生の宝田三恵子たからだみえこは、

秀丸ひでまる書店』を経営していた、

優し気なおばあちゃんが亡くなったと聞いて、

大粒の涙を流した。


 心のり所を失った心細さと、

あの優しかったおばあちゃんに、

二度と会えないのかと思うと、

悲しくて悲しくてたまらないのだった。


 ハンカチで、

時々目の周りを拭きながら歩いた。


◇◇◇


 ふと顔を上げてみると、

道端のゴミ捨て場に、

可愛い『もふもふ』が捨てられている。


 よく見ると、それは、

クマのぬいぐるみだった。



 吸い寄せられるように、

三恵子はそのクマのぬいぐるみに近づいた。


 「…可愛い。」



 ベージュ色のクマのぬいぐるみは、

チョコンと座っていた。


 新品のように綺麗きれいで、

特に壊れたところはなさそうだった。



 「可愛いし…まだ新しいし、

…そんなに汚れてもいないし、

壊れてもいないのに。」



 ふと、クマの左足を見た。


 オレンジ色をしたところがある。


 「これ、なんだろう。」


 三恵子は、触ってみたり、

匂いを嗅いだりしてみた。


 ややべとついて、

オレンジジュースの甘い匂いがした。


 「きっと、持ち主が、

オレンジジュースをこぼしたんだ。

…それだけで、捨てちゃったのかな…。」


 

 通りには誰も居ない。


 三恵子は、ランドセルほどの大きさの、

クマのぬいぐるみの手を取った。


 クマを両手で抱き締めて、

抱き締めたまま、家に向かって走った。


◇◇◇


 三恵子の母親は、まだ帰宅していない。


 うがい、手洗いをした後、

クマと一緒に、

2階の自分の部屋にけ上がった。


◇◇◇


 三恵子は、

クマのぬいぐるみを床に置き、

真正面に座って、

クマの両目をじっと見つめた。

 

 何故だか、涙があふれてきた。



 『悲しそうな顔をしてるね。何かあったの?』


 三恵子の頭の中で、そう呼び掛ける、

やや早口なさわやか少年風の声がした。


 三恵子は、やや呆然ぼうぜんとしたものの、

あまり気にせずに、頭の中の声と対話した。


 「本屋さんの、

優しかったおばあちゃんが、亡くなったんだ。」


 『そうか…それは悲しいね…

よし!今夜、僕が良い夢、

心が楽しくなるような夢を見せてあげるよ。

君の名前は、何ていうんだい?』

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クマと少女 冨平新 @hudairashin

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