こっちみないで

おくとりょう

人の面して

 帰り道。いつもの通学路。――といっても、寄り道・遠回りが習慣の僕はいつも同じ道を通るわけではなくて、よく通る道のひとつということなのだけど。とにかく、それはよく知る道の端っこにポツンと落ちていた。

 ランドセルにぴったり入るくらいの大きさで、茶色の毛皮に覆われたフワフワ。遠目に見たとき、猫の死体かと思ってドキドキした。たまに見かけることがあるけど、どれも叫ぶみたいな顔をしていてすごく怖い。

 でも、死体なら大人に知らせなきゃいけない。僕は震える手をぎゅっと握って、おそるおそる毛皮の正体を確かめることにした。死体じゃなくて、ぬいぐるみかもしれないし。それなら、誰かの探し物かもしれないし。


 考えながら近づくと、それはやっぱり小型の動物のようだった。淡い茶色の毛皮はツヤツヤでモコモコ。白いお腹が小さく動き、丸く大きなお尻には小さなしっぽが揺れていた。


 ――よかった、死体じゃないみたい。

 ホッとして、僕はそれの側にしゃがみ込む。犬のように見えるけど、顔にはダンボールが被さっていて、どんな種類かわからない。淡い毛皮は毎日お手入れしているみたいにキレイなツヤで、とても野良犬には見えなかった。100歩譲っても、高価なぬいぐるみとかだと思う。

 ただ、辺りには飼い主さんらしき人も、持ち主らしき人もいない。それどころか、人の姿が見当たらなかった。

 僕はこの子の顔が見たくて、ダンボール箱にそーっと手を伸ばした。そのとき。


「ほっといてってば」

 と、大人の女性の甲高い声が響いた。びっくりして辺りを見渡すけど、やっぱり近くに人はいない。しんと静まり返った住宅街には、車の音も聴こえなかった。

 僕は急に怖くなったけど、その犬をほったらかしでは帰れなくて、伸ばしかけていた手でダンボールを取った。すると、ブワッと広がるお酒とゲロの匂い。僕はくらっとして思わず尻もちをついた。


「ほっといてって言ったのに」


 目を開けると、地面に黒くて長い髪が広がっていた。それは茶色い犬の頭の方から伸びていた。

 ――見ちゃダメだって!

 心の中で声が聴こえたけど、僕は犬の顔を見た。黒く光るサラサラの髪。その隙間から覗くドロドロの顔。伏せた黒目はマンホールの穴に似ていた。


 犬の身体の女の人は酒臭い息で低く唸ると、夕日の方へ走っていった。いつの間にか、空は橙色へと変わっていた。

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こっちみないで おくとりょう @n8osoeuta

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