ウサギには日向ぼっこが似合う

山田あとり

 あ、駅だ。降りなきゃ。


 そう思って飛び起きた俺の目の前に、モッフモフのぬいぐるみがあった。ラブリーピンクなウサギさん。

 へ?


 ……と思うがシートから立ち上がりかけていた身体は止まらなかった。

 落ちかけたウサギを、俺は反射的に受けとめる。そして誰かの手と手が重なったことに驚いた。垂れそうになったヨダレを慌ててすする。


 顔を上げると、同じく驚いた目のオッサンが硬直していた。


 ウサギを抱く、オッサン二人。

 なんだこの絵面。しかも手が触れあっている。


「あ、あ、あの」


 お互い焦りまくっていると、出発メロディが流れた。


「あ、降りるんで! すみません」


 ウサギから手を引いて逃げるように駆け降りると、何故かそのオッサンも追ってきた。

 え、なに。


「すみません、自分もここです……」


 ウサギを抱いて申し訳なさそうなオッサン。

 いやいや、そうだよね。

 改札に近い所に乗ってたんだから、一緒に降りることもあるあるある。

 二人で微妙な笑みを浮かべた。


 気まずいまま改札へ向かう。ウサギはそのままだ。オッサンのウサギなのか。まあ俺もオッサンだけど。

 どうやら俺たちはウトウトしていたらしい。向こうの膝に乗っていたウサギが二人の間にずり落ちたのだろう。


 そこで俺の血の気が引いた。

 口の端が粘っている……ヨダレ、垂れたんじゃないか?


 俺はウサギを凝視した。どこか濡れてたらどうしよう。

 きっと娘さんへのお土産か何かだ。それによそのオッサンのヨダレがついてたりしたら……!


「あの!」


 駅を出たところで俺はいたたまれずに声をかけた。正直に白状せずにはいられない。


「もしかして、そのウサギに俺のヨダレ、垂れてませんかね!」

「え」


 オッサンはぎょっと立ち止まった。

 直立不動の俺を横目に、ウサギを街灯にかざして調べ始める。その必死さで少し傷ついた。


「……すみません。ホントごめんなさい。大丈夫だとは思うんですけど」

「あ、いえ。これ別にたいそうな物じゃないんで。部下がゲーセンで取ったからって押しつけられたんで、お気になさらず」


 乾いた笑いを浮かべて言われても悲しい。

 本当はわりとウキウキ持って帰ってきたんだろうに。娘の喜ぶ顔とか思い浮かべながらさあ。

 罪悪感にまみれる俺に一礼して、オッサンは去っていった。




 次の土曜日、駅の近くを歩いていた俺はマンションのベランダに干されたぬいぐるみを見つけた。

 ラブリーピンクなウサギさん。


 ……洗ったか。

 まあ、そうだよな。うん。念のためだよ。


 少しの寂寥を感じながら通りすぎた俺は、ふと気づいて振り向いた。

 ――あのマンション、ファミリー物件じゃないぞ?


 少し離れて見上げるベランダで、ウサギはうららかな陽光を浴びていた。

 大切に、されているんだな。


 まあ、いいか。俺は納得することにした。

 幸せなら、それでいいじゃないか。

 ぬいぐるみも。そしてオッサンも。



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ウサギには日向ぼっこが似合う 山田あとり @yamadatori

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