螢書店 ~あなたの悩み叶えます~

関口 ジュリエッタ

 森のお店 螢書店

 緑豊かな田舎町の森の中、小学生の斉藤勝俊さいとうかつとしは勉強の息抜きで大好きな昆虫採集をしていた。

 今回向かう森は初めての場所なので、辺りを見渡しなから慎重に森の中を歩いていると奥の方になにやら小さい建物が見える。

 建物のあるところまで向かうと築年数が経っている古びた木造家屋で入口の上に大きい看板に『ほたる書店』と書かれていた、どうやらここは本屋らしい。

 こんな人気はなくイノシシや熊などが出没しそうな森の中に本屋があるのは不審に思いながらも恐る恐る勝俊は店のはいり口ドアを開けると、店内の光景に思わず驚愕してしまう。

 店内はほこり臭く、木の棚にたくさんの本が綺麗に並べられていた。だが、驚いていたのはそこではなく店内にいた人物である。


「いらっしゃい、――おお! 珍しいお客さんだね」

「………………」

「初めまして私はこの店で雑務を任せられています、九尾です。」

「…………はい」


 そこにいたのは9本の尻尾に油揚げのように黄色く、勝俊の身長とあまり変わらない小さな可愛らしい狐の妖怪、九尾きゅうびがはたきを手にして挨拶をしてきた。

 この状況に勝俊の脳が整理できなく放心状態でいると向こうからこちらにトコトコ来る。

 とっさに逃げたくても腰が引けて動けないでいると、背後から何者かに肩を叩かれて思わず勝俊は飛び跳ねてしまい床に尻餅をついてしまう。

 全身を震わせながら恐る恐る背後を振り向くと、そこにいたのは 顔が赤くピノキオみたいに鼻が長くて手にはヤツデを持った山伏やまぶし衣装の天狗が仁王立ちしていたのだ。


「なんだ、怪しい人物ではなく、ただのガキか」

「…………はい」


 一番怪しいのはこの店と店内にいる者たち――とは言えず心の中に勝俊は留めておく。


「ここに入れたということは、何か心の中に悩みを抱えているのでしょう」


 九尾の妖怪は優しく愛らしい表情を向けて発言をした。


「ふん、こんな十もいってないガキに悩みや苦労などあるわけなかろう。聞くのは野暮やぼというものだ!」

「僕は十二歳だ。悩みの一つや二つくらいあるよ!」


 偉そうに語る天狗の妖怪相手に思わず反論して声を上げてしまう。

 わずか十二の子供が歯向かってきたのに腹を立てた天狗は眉を吊り上げて鬼の形相ぎょうそうのような表情に変わる。

 勝俊は恐怖のあまり小動物のようにブルブルと震えだす。


「キサマ! 生意気に歯向かったな! 覚悟しろよ」

「やめなさい! 大天狗おおてんぐ。言葉使いに気をつけなさい、大事なお客様ですよ」

「お前まで歯向かってくるのか九尾のガキが!」


 勝俊をほったらかして、妖怪達がいがみ合っていると、

「騒がしいわね、何かあったのですか?」


 店内の奥からとても若い少女の声が聞こえて来ると、先程まで口喧嘩をしていた九尾と大天狗が急にビシッと姿勢を正し、少女の声がする方に身体を向ける。

 店内の奥から現れたのは、彼岸花の刺繍が入った赤い着物を着た、まるで大和撫子やまとなでしこのような美少女。

 低身長で腰まで伸びている艶のあるロングヘアーに、まだ幼さがある色白の綺麗な顔立ち。

 勝俊とあまり年の差が変わらない見た目だと思うが、少女の方が大人びてるため年上のように思える。


「「いえ、なんにもありあせん!!」」


 妖怪達は怯えるように話す。

 九尾はともかく、さっきまで威張っていた大天狗の態度に、勝俊は思わず目をパチクリさせてしまう。


「あら、お客さん。初めまして、私はここの店主をしている榊原保奈美さかきばらほなみと申します」

「僕は斉藤勝俊と言います」


 少女はこちらに気づき思わずドキッとし勝俊は目をそらしてしまった。


「僕……帰ります」


 勝俊は店をそそくさと出ようとすると、店の店主である保奈美に呼び止められる。


「ちょっと待ってください。あなたがここに訪れたということは何か悩み事があるんじゃないですか?」


 少女の言葉に勝俊は足を止めた。


「どうして僕が悩みがあると思ったんですか?」

「ここは悩みを持つ方が訪れる本屋、せっかくですから店内にある本を見てみませんか?」

「…………はい」


 内心すごくここから帰りたいと思っていたが、後ろの妖怪達の勝俊に向ける視線がとても痛く(特に大天狗)店内に居ざる負えなくなった。

 木の本棚に綺麗に色分けされてる本を眺めていると、あるおかしいことに勝俊は気づく。

 普通本にはタイトルがあるのにどの本もタイトルがないものばかり。


「ここに置いてる本は全て本のタイトルと作者はありません」


 勝俊が思っていたことを保奈美は話す。


「それ本ではないですよね?」

「いいえ、これはれっきとした本です。試しに勝俊様が気になった本を手にとってみてください」


 店主である保奈美の言う事を信じ、試しに店内の本棚にある本を眺めていると一つの赤い本に目が釘付けになる。

 試しに手にとって見ると本が急に光だす。

 勝俊は衝撃的な光景に息を呑んだ、何故なら本の表紙に『天智てんじ中学校受験問題模範解答』と書かれており作者名は勝俊の名が刻まれていた。


「天智中学って僕が受験する名門中学!」

「あなたは今、中学受験に悩んでいらっしゃいませんか?」

「どうしてそれを!?」


 勝俊はもうすぐ中学受験のため、必死に勉強をしていたのだ。


「それはあなたが必要としてる本になる魔法の本なんです」

「魔法の本? つまり僕が今、中学受験で合格するか心配になっているから、この本は僕の悩みに答えてくれたということなの?」

「はい」


 保奈美の素敵な微笑みに思わず頬を染めてしまう。

 魔法という言葉を聞き、脳裏にファンタジー世界が浮かび上がり、テンションが高くなる勝俊は、その場で本を開こうとした時、

「待ってください」

「えっ?」


 急に高い声を出してきた保奈美に驚き、勝俊は本を開く手を止めた。


「その本はまだ読まないでください」

「どうしてですか?」

「この本を読むためには、いくつか守らなければいけないことがあります」


 保奈美の真剣な表情で説明をする。


「一つはこの本のことは絶対に誰にも喋らず、人にも見られてはいけません、もう一つは中学受験の前日にこの本を読んでください。最後にもう一つ、受験終えたらそのまま寄り道せず自宅に帰宅してこの本を焼却してください」

「もし、その三つの約束を一つでも破ってしまったら……どうなるんですか?」


 勝俊は息を呑んで質問した。


「あなたに不幸が起こります。無理強いはしませんので、もしその本は必要じゃなければ戻してもらっても構いませんから」

「いや、買います!」


 これは運命からのめぐり合わせ、自分が一生懸命良い子に暮らしてきたから神様がご褒美をくれたのだ、と勝俊は思いながらポケットに手を入れて財布を取り出そうとした時、急に顔色が悪くなる。


「どうかなされましたか? 顔色がよくありませんよ」

「あの…………財布を忘れてきました……」


 こんな時に財布を忘れる勝俊は頭を抱えてしまう、すると保奈美は笑顔で、

「いえ、お代結構ですのでお気になさらず」

「でも……」

「ここに来る人は皆さん悩みを抱えてくる人たちなのです、そんな人からはお代を取ることは私はしません」

「さすが保奈美様、なんとお優しい。私は一生あなたのそばに居ます」


 保奈美の優しさにそばにいた妖怪達は感服する。


「保奈美様、ワシも一生懸命護衛に励みますぞ! 保奈美様に好意を抱いて近寄る男妖怪共を八つ裂きにしてやります。もちろん人間もな」


 大天狗は激しい睨みを勝俊に向け、それを見た勝俊は恐怖で一歩後退りしてしまう。


「こら、大天狗やめなさい!」

「……申し訳ない」


 保奈美に叱られた大天狗は、しょんぼり肩を落とし反省する。


「本ありがとうございます。――それじゃ僕は帰りますね」

「はい、受験頑張ってください」

「あっ、それと一つ聞きたいことがあるのですが?」

「はい?」

「あなたも……妖怪なんですか?」


 笑顔で保奈美は頷く。


「はい。私はです」


 てっきり雪女または座敷わらしの妖怪だと勝俊は思っていた。

 保奈美に店の前で見送られながら勝俊は店を出て、帰路に着く。

 自宅に着いた勝俊は急いで魔法の本をベッドの下に隠し、受験の前日まで読まないよう心がけるのであった。




 季節が流れて、いよいよ受験当日。心臓が飛び出そうなほど緊張しながら勝俊は受験会場である天智中学校に向かうのであった。

 中学校に着き、試験を受ける教室にはいり、受験票と同じ番号の書かれた机の椅子に腰を下ろす。

 受験の前日に本屋の店主である保奈美から頂いた本を開くと受験に出題されるかもしれない問題の解答とそれの式や答えなどが丁寧ていねいに書かれていた。

 しかも、その本を一回しか読んでいなかったのに、不思議と本に書かれていた内容を全て暗記することができた。


 心臓の鼓動こどうが強く鳴り響きながら大人しく机の椅子に座っていると、教室から試験の担当者が現れ試験の流れを説明をし、ようやく試験が開始する。

 問題用紙と解答用紙を引っくり返して目を通すと、本に書かれていた問題と同じ問題が書かれていて勝俊は驚いた。

 すべての試験問題を川の流れのようにスラスラと解き、あっという間に五教科の試験問題全て書き終えてしまう。

 勝俊は無事受験を終えて、車で迎えに来た母親と一緒に帰路に着く。


「ねえ、勝俊。受験もようやく終わったことだし、どこかで食事でもしない? お母さん奮発ふんぱつして高級レストランに連れてってあげる」


 車を運転中の母親が勝俊に話しかけてくる。


「本当に! いやったー! ――やっぱりいっ……、行かない」

「どうして、お腹でも痛いの?」


 母親は小首を傾げて問うも勝俊は行かないの一言。

 なぜなら勝俊は脳裏で保奈美との約束を思い出したのだから。


(受験が終わったら寄り道せずに自宅に帰り本を焼却しなくてはいけない)


 高級レストランを渋々諦めて勝俊は車の窓ガラスから外の景色を眺めていると、

「そういえばあんたの部屋物凄く汚かったから、お母さん掃除しといてあげたよ」

「勝手に掃除するなって言っていただろ!」

「それと勉強机に日記帳みたいなの置いてあったけど、あなた日記なんて書いていたんだ?」

「はっ? 日記なんて書くわけないだろ。そんな物――まさか、その日記帳どんな色していた?」


 勝俊の顔色が変わった。


「赤くて少し分厚い本だったわよ。でも、中は見てないから」

「なにしてるんだよ! ふざけるな!!」

「どうしたの急に!? だいたいあんたが部屋の掃除しないのがいけないのよ!」


 受験の前日に机にあった赤い魔法の本を片付けるのを忘れてしまった事に気づいた。

 せっかく受験を終えたというのに、まさか最後の最後で約束を破ってしまうとは、勝俊は身体から恐怖が一気に溢れ出す。

 交差点で信号が赤に変わり車を停車する。


 その時、事件は起きた。


 停車して信号待ちをしている勝俊の乗ってる車に勢いよく後続車が猛スピードで突っ込んできたのだ。

 勝俊の乗っている車が勢いよく吹き飛ばされて反対車線のガードレールに追突。

 周りにいた歩行者が、警察と救急隊に通報を入れてくれて、勝俊と母親は病院に運ばれる。

 しかし、緊急治療を受けた二人のうち一人は奇跡的に助かるのだが、もう一人は残念ながら息を引き取ってしまう、その一人は勝俊であった。



 しばらくして天智中学校受験の合格発表が校門広場の掲示板に貼られ、そこに勝俊の受験番号があった。

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