本屋に本を買いに行く服が無い

九十九 千尋

その時、電流走る。

 これはとある男の、闘いの記録の独占インタビューである。


「一目惚れという奴だった……」


 後に彼、有栖川ありすがわ 小十郎こじゅうろうは、学園の新聞部に語った。

 今でこそ三年生で生徒会長であり、成績優秀、本の虫、七三分け眼鏡、風紀委員も裸足で逃げ出す真面目さとして有名な有栖川だが、一年の頃はそれはそれは酷い不良のヤンキーであった。


「当時は、触れるもの皆傷つける、十徳ナイフのジャックなどと言われたものだった」


 よく切れる小十郎だから、十徳ナイフ。いや、そのネーミングセンスはどうなのだ。

 そんな新聞部の心の声など聞こえないとばかりに、生徒会長は二年前の夏にタイムスリップをしていく。


「あれは今から二年前の夏。本など嫌いだと思っていたあの頃の話だ。そう、あの頃は本屋に本を買いに行く、服が無かったのさ」


 何言ってんだこいつ、などと筆者は心の中で思った。あとここに書いた。


「当時の僕はとても悪で、授業をサボり、教科書は落書きノート、金髪トサカ、風紀委員をチャリで追いかけまわす不真面目で有名なジャックだった」


 バイクを乗り回したりしないところに育ちの良さが滲むのが有栖川だな、などと筆者は思った。


「だが、一年の僕は出会ってしまったのだ。

 長い黒髪の三年生、智柳ちやなぎ生徒会長に!!」


 有栖川、テンションが上がり過ぎて立ち上がり、机に太ももをぶつける。

 だがひるまない。彼の心は旅立ったまま帰ってこない。無駄にデカい身振り手振りがつく。


「智柳先輩は生徒会長として、生徒の鏡のようなお人だった。そして……僕の、初恋って奴だったと思う」


 さっきも聞いた。


「そんな智柳先輩が入り浸っていたのは、まさかの本屋だったんだ! 当時の僕は本が死ぬほど苦手でね……本屋に買い物など、いや、漫画を買うためには行ってた。だが、本屋は、不良が行くにはちょっとハードルが高いんだ」


 そうなのか? そうなのかもしれない。水を差してはいけないと思うので筆者はその時は聞き流すことにした。


「そこで、まずは髪を黒くし七三分けにし、無駄に眼鏡になってみた!」


 有栖川は仰々しく両手を広げて天を仰いだ。

 有栖川は形から入るタイプのようだ。ところでこんな奴が生徒会長とか大丈夫か我が学園。


「本屋ってさ、独特の匂いがするだろう? 紙と糊の匂いさ。道路に面した入り口から、本棚の通路を分け入り、その中から目当ての本を探す……そのただの買い物って言うのはね……ヤンキーにはハードルが高い!! だってそういうイメージ無くない??」


 いや、それは有栖川が形から入るタイプのせいだからだと……ま、いいや。


「ともあれ、僕はそんな真面目な生徒に扮して本屋に行こうとした。だが! 制服を魔改造していたから征服を着ていくわけにいかなかった!!」


 私服はどうした。


「仕方が無いから、友達の制服を借りた」


 本当に借りただけだろうか?


「今、本当に借りたの? 制服狩りしただけじゃないの? とか思ったかい?」


 うん。


「ふふ……みんなには、内緒だよ」


 いえ、これ校内新聞インタビューです。


「かくして! 僕は憧れの智柳先輩と御近づきになるために本屋に本を買いに行ったんだ!!」


 そういえばそんな話だった。


「ところが、そこで僕は見てしまったんだ」


 有栖川は目をつむり、鼻から息を力強く吸った。そして押し黙ること数秒。


「先輩の耳に、あったんだ……!」


 当時の生徒会長の耳に、何が?


「ピアスの穴が」


 リアクションに困る。


「しかも複数」


 重ねてリアクションに困る。


「そこで僕は思った!」


 有栖川はまたまた仰々しく身振り手振りをしつつ、声を荒げ始める。


「ヤンキーでも本を読んでいいんだと!! 本を買っていいんだと!!」


 先輩はちゃんとTPO守った服装で買いに行ってたじゃないですか、とは言わないでおこうと筆者は思った。書いた。


 そして最後に、有栖川はこう締めくくった。


「本は人を選ばない。人が本を、選ぶんだぜ」


 なんか腹立ってきた。







 ところで、この話は「本屋に入り浸っている初恋の相手と近づくために本屋に行きたいが、本屋に本を買いにく服が無い」という話だったわけだが……


 漫画本は本屋で買ってたじゃないですか。とは、言わないように気を付けた筆者を褒めて欲しい。

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本屋に本を買いに行く服が無い 九十九 千尋 @tsukuhi

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