本を燃やす、本屋を燃やす、大切なものを燃やす

四葉くらめ

本を燃やす、本屋を燃やす、大切なものを燃やす

 辛いことがあったとき、心が押しつぶされそうになったとき、僕は自分の大好きなもの、大切なものを壊す。


 あるときは親からもらった誕生日プレゼントだったり、あるときは子供の頃に必死になってクリアしたゲームだったり、またあるときは大切に育てていた朝顔の苗だったり……。


 そうして、ただでさえ限界だった心は容易く壊れる。どうしてこんなことをしてしまったのだろうという後悔と共に、泣きながら顔が笑い出す。


 大切なものが壊れたから哀しいんじゃない。

 哀しいから、それは真に大切なものだったのだ。


 僕の心は、僕の嫌いな『何か』にではなく、本当に大切な〝もの〟によって壊されたのだ。ザマァミロ。僕の心を貴様らなんかに渡してなるものか。


 壊れてからしばらくすると、涙は涸れ、歪な笑いもナリを潜める。壊れたものは当然戻ってこないけど、壊れた心はまるで粘土のように元へと戻る。


 こねこね。こねこね。


 壊れた心をこねる。形を整えて、色を塗って、端からは元通りになったように見える。中身はスカスカだけど、そのうち別の〝もの〟で埋まっていく。


   ◇◆◇◆◇◆


 本が好きだ。物語に触れるのが大好きだ。人に自身を持って薦められるような本もいくつもあって、それらは僕の大切なものだ。

 僕は1冊の本に火を点ける。

 燃えていく。僕の大切なものが燃えていく。

 この本はページがすり切れるほど読んだ。思い返せば文章を詳細に思い出せる。でも、僕はもうこの物語を開くこともなければ思い出すこともしない。

 燃やすというのはそういうことだ。

 喪うというのはそういうことだ。


   ◇◆◇◆◇◆


 燃えている。僕の大切なものが燃えている。

 子供の頃から通っていた本屋だ。それが燃えている。

 火は収まる気配もなく、僕は次第に後悔に囚われる。すぐに哀しみに明け暮れる。

 喪ったものは大切なものだったのだ。

 本当に本当に大切なものだったのだ。


 翌日、僕は花を手向けた。

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本を燃やす、本屋を燃やす、大切なものを燃やす 四葉くらめ @kurame_yotsuba

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