第3話 いっぱつやらせて深見くん




「……生きてるのが楽しいと、死ぬのがとっても恐くなる」


「死ぬのが決まってるんなら、せめて楽しい人生を、って解釈もある」


「……どうせ死ぬんだし、楽しくなっても仕方ないよ」


「そもそも、死ぬかどうかなんて分からないだろ。電化製品だって、耐用年数とかなんとかあるけど、それを過ぎても使えるやつはある。要は気持ち次第じゃないか。あんたが前向きになって、人生楽しんで、もっと生きたいって生きる努力をすれば、」


「でもその理屈だと、耐用年数過ぎたら保証外で、ある日突然死んでも不思議じゃないってことになるよ。それに、楽しむことにエネルギー使ってたら、寿命がもっと縮むかも。それならいっそ、省エネして長生きするべきじゃないかな」


「仮にそうして長生きして、あのときコクっておけば良かったなって後悔したら元も子もないだろ。それに、いつ死ぬかも分からないってのはみんな同じだ。あんただけが特別じゃない。そんで未来ってのは、何があるか分からないもんだ。長生きしてればなんとか、未来の技術でどうにかなるかもしれないだろ」


 未来の技術……。医療の進歩に期待しようなんて考え、こんな会話をするまで思いもしなかった。貴重な時間を使っただけはある。


「終末時計って知ってるか?」


「終末? なんだか物騒な響きだね。それが未来の技術なの? それともウィークエンド? 明日はブルーなマンデーよって教えるサザエさん的な」


「私もよく分かってないけどな、要はあと1分後には世界は滅ぶかもしれない危機的状況って話。だからみんな、1分後には死ぬかもって気持ちで、毎日を後悔ないように生きろってこと」


「とてもエネルギー使う生き方だね、それ。長生き出来ないよ」


「どうやったって、人生ってのは疲れるもんなんだ。中でも特に恋愛はそうだ。なにせ、子どもつくるのが生物の本懐だからな。その相手を選ぶまでがとってもキツいのは必然だし、なんなら人生なんて、恋愛するためにあるもんだ。だから恋愛漫画は成立する」


「じゃあ、恋愛してないわたしはまだ、生きてさえないってこと?」


「そうかもな。でも恋してるんだろ。どうせ短い命なら、そこに全力つぎ込んでみろよ。という訳で、コクれ」


 そうか、とわたしは告白に対して少し前向きになる。けれど。


「……ところでどうしてそんなに告白推すの? もしかして、ボーナス出るとか」


「出るとしたら、私のためにもコクるのか? ぐだぐだ言って逃げてんじゃねえよ」


「だって……。やっぱりフラれたらどうしようって、思うでしょ」


「確信がなくちゃ踏み出せないのかよ。だったら死ぬまで様子見してな。そのあいだに他の女にとられても知らないぞ」


「ヒドいよみずっちゃん……」


「というか、私が思うに、あんたがいつまでもそんな態度だから、確信なくてあっちもビビッて動けないんだ。……今さらだけど、あんなののどこがいいわけ?」




 どこがいいかと問われると、すぐにはコレというものは浮かばない。

 でも恋のきっかけって案外そういうものっぽい。


「好きになったきっかけは曖昧でも許されるけど、告白にはやっぱりきっかけがいると思うんだ」


「そんなのあんた、500円で解決だ」


「やっぱりお金なの……」


「あんたが困ってたら、あいつは助けに来るんだから」


 私が最高のシチュエーションを用意してやる、と雇われ友人、カッコいい。


「言われてみれば、それもそうだね」


 その時に思い切って告白だ――


「でも、なんて言えばいいの? 『好きです! 付き合ってください!』? それってなんだか唐突だし単調じゃない?」


「親しくないのに突然それなら引かれるだろうけどな。深見相手ならそれでいけるだろ。問題はあっちが返事するかだが。まったく、ひとの勇気をなんだと思ってるんだろうな、あんたも可哀そうに。照れ隠しも過ぎれば犯罪だっての」


「ノーリアクション前提で話が進んでるけど、まだわたし、トラとぽんぽこ皮算用」


「なんだかよく分からんが、楽しそうな響きだな」


「リアクションもらうには、やっぱりインパクトある告白が必要なのかも……とか考えてると、なんだか恥ずかしくなってきたよ」


「何を今さら。教室の真ん中で、周囲に聞かれる音量でこんな話やっといて」


「!」


「たぶん深見にも聞こえてる」


「!!」


「これでリアクションとらなきゃ男じゃないし、とらざるを得ない教室の空気をつくったぞ」


「それって逆に反応しづらくない? というかわたしが耐えられない!」


「いつもみたいにテンション高くやればいいんだよ。少女漫画のモノローグ風あらすじみたいに。自分を客観的に見なさい、ほら」


 わたしは今とっても恥ずかしい想いをしています!


「明日死ぬなら、あんたはどうする? 今日何もしなければ、後悔したまま死ぬことになるぞ」


「もしかして今って500円案件?」


「そうだ、きっかけなんていつだって目の前にあるんだよ。私がそうだ。あとはあんたが当たって砕ける番だ」




 そしてわたしの番がやってきたのです。


 衆人環視の教室で、わたしは引っ張り出されてきた深見くんと向かい合う。


「あ、あのね……! なんていうか、その……そういう感じなんだけど!」


 勇気を振り絞って顔を上げると、深見くんはいつもみたいにそっぽを向いていた。顔は正面のわたしからやや逸れて、目線もどこか宙にある。


 こっちを向かせるには、どうしたらいいんだろう。


「わ、わたし、今とっても困ってるんだけど!」


「!」


 ちら、と深見くんの視線がこちらに向いた気がした。前髪長くて目が合わない。


「い、いっぱつ殴ってもいいかな!?」


「!?」


 胸の前で拳を握って、ファイティングポーズ。


 もっと、もっとわたしに勇気を!


 ……やってやる、やってやるんだから!


「わ、わたし、いつも……お父さんに! スマホ欲しいって言ったら、高校生になってからっていうし! お酒は二十歳になってから、だし! たぶんそれまで長生きしろよってことなんだろうけど! わたしは今欲しいっていうか、なんていうか!」


 とってもワガママで、生き急いでるから。


「深見くんにとってはバイト感覚なのかもしれないけど! 中学生でバイトはダメなんだからね! 何か欲しいものがあるんだったら、わたしが買ってあげようか!?」


 ああ、何言ってるんだろうな、わたし。思いつくまま喋ってる。なんだかテンション、ジェットコースター。これから急降下していきそう。


 その時、深見くんが、


「早乙女が」


「うん、何!? なんでも買ってあげるよ!」


「欲しい」


「わたしが欲しいの――」


 …………。


「……ものを買ってあげたいって思って貯金してたんだ……!」


 不自然な間に気付いた深見くん、過去一早口で言い切りました。


 もう顔真っ赤。みんながみんな、目を逸らす。


「わ、わたし……」


 なんていうか、このテンション続けてたら早死にするかもしれないけど。

 脳内麻薬がいっぱい出てる。幸せホルモンというやつかしら。


 もう今、死んでもいいかなって、ちょっと思った。

 ……いや、恥ずかしいからではなくて。恥ずかしいのは恥ずかしいけど!


「それならわたしに、永久就職させてあげてもいいんですけども!」




 永久って言っても、わたしが死ぬまでの話だけど。


 それまで一緒に生きてくれるなら、というのはなんだか重いかな。

 というかそれって、わたしが死んだらおしまいってことになる。


 ……ああああ!


 いっそあの場でいつもみたいに、素っ気なくしてくれたら、こんなにもやもやしなくても済んだのに。


 そしたら一発ぶん殴って、それでスッキリさっぱり終わってたのに。


 一緒に生きて、いつか一緒に死ぬまで。

 もうちょっとだけ、わたしの貴重な人生じかん、かけなくちゃだ。


 ずぶずぶですよ、もう。



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深見くんがヤらせてくれない 人生 @hitoiki

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