第2話 何がなんだか分からない
わたしは死にます。
18歳まで生きられるかどうか、そんな話を聞きました。
昔から病弱で、病院のベッドで漫画ばかり読んでいる日々。それも、完結済みのものばかり。最終回を読む前に死ぬなんてことにならないよう、続編も何もないものばかりを読んでいました。
楽しいことはフィクションの中だけ、現実は惨憺たるもの。単行本から顔を上げると、そんな現実を思い出し、わたしは再び俯きます。
顔を上げるのは、同じ病室の子と話をする時くらいでした。それだって自主的ではありません。その男の子が話しかけてくるから、仕方なく。わたしはいつだって背を向けていて、その子の顔もおぼえていません。
もしかすると、お父さんは、ミズチは、そして
1イベント、二人に500円ずつで。
「わたしって、実はもう死んでるのかな」
「急にどうした」
「深見くんに声かけようとしてるんだけど、なんか無視されるの」
「それじゃあ私は何なんだ。教室の隅で何もないところに向かって話しかけてるヤバいヤツか?」
「実はそうだったのかも。あるいはわたしの心が生み出した、イマジナリーなフレンド。この世界だって死に際のわたしが見ている夢なのかも。だって、なんか場面ころころ変わるし」
「そりゃ、あんたが興奮して貧血になって、よくぶっ倒れてるからだろ。……だから誰かがいつも、目をかけてるんだ」
「何が現実? 真実はどこにあるの?」
何もわからない。覚めない夢を見てるのかも。
「覚めないんだったら、それが現実。何が真実かなんて、そりゃあんたがそうだと感じればそれが真実だよ。楽しいとか、悲しいとか、感じたことはぜんぶ真実だ」
「偉そうなことを言うんだね、イマジナリー」
「一発ぶん殴ってやろうか? 夢から覚ましてやるよ」
「どうせ痛くないよ、やってごらん?」
「――そうだ、殴ってやればいいよ、あんなストーカー野郎。そうしたら嫌でもあんたのことを見るだろ。文句の一つも言うはずだ」
「みずっちゃんは知らないんだよ。深見くんはそういうの、軽くかわすタイプ」
「……運動音痴が?」
「そういうことじゃなくて。……わたしにいっぱい意識させておいて、いざ話しかけようとしたら離れてくんだ。ズルいよね。まあ、分からなくもないけど。だってわたし、死ぬし」
「クソ重いもんな、分かる」
「どうせ死ぬ女と付き合ったって、ね。交際っていうのは結婚するためにやることだもん。結婚どころか子どももつくれない役立たず、付き合う価値もないってね」
「……子どもはつくれるんじゃね? やれば、出来るだろ」
「…………」
ちょっと恥ずかしくなってきた。この会話はここで終了。はい、場面よ変われ。
「漫画好きのクセにニヒリストなさくら子ちゃんに言いたいんだけどさ」
「リアリストなんだよ、漫画読んでるとそうなるの」
「別に、結婚を前提にしたお付き合いだけじゃないだろ。……私ら、まだ中学生なんだぜ? 結婚前提じゃなくても、おままごととか恋愛ごっこって言われても、本気で好きならそれは真剣なものなんだ。だから……人生経験ってやつだよ。将来に繋がらなくたって、付き合う意味はあるんだよ」
……あれ? 場面が変わってない。
「むしろ、私に言わせれば――深見とか、周りに壁をつくってるのはあんたの方だからな。話しかけようとしてる? してるだけだろ。ポーズじゃんか。なんだかんだ、一線引いてるのはあんたの方。場面を変えて、ぜんぶなかったことにしようとする」
「…………」
「あいつが助けてくれるから、その恩返ししなくちゃ、みたいな感じで気にしてる素振りやってんだ。意識してるアピールご苦労様」
そこまで言うことないじゃん、とわたしはちょっと涙目。
「本気であんたにその気があるなら、当たって砕けるだろ、いつもみたいに。どうせ死ぬんだしっていうネガティブ行動力はどうした。部活やってみようとか、電車でどこか遠出しようとか、そういうあれだよ」
そういうあれは周りに迷惑をかけるやつなのだ。わたしだって学習する。
それに、深見くんはわたしに同情してるだけで、別に好きとかそんなんじゃないかもしれないじゃん。それで急に告白されてもね、気持ち悪いよね。
というかそもそも、わたしだって、実際のところどうなんだか、自分の気持ちが分かってない。
たまたま都合のいい相手がそこにいただけ。漫画みたいな恋愛をしてみたい、恋する乙女になってみたいっていう、いわゆる恋に恋してるだけなんじゃないの。それこそ、どうせ死ぬんだし人生一度くらいっていうやつ。
……そんな気持ちで告白なんて――
「失礼ってか? そんな風に他人のこと考えてるヒマないだろ、あんたの人生残り数年。好きかもって思ったらコクればいい。恋したいだけでもコクればいい」
「それはとってもワガママだと思うんだけども」
「あっちはどうせオーケイするよ。金もらってんだから」
「それはあんまりだ……」
あんまりだし、ワガママなんだけど、わたしはたぶん深見くんの気持ちとかどうでもいい。というか、それを言える立場にない。
彼の本心は分からないけど、仮に同情以上の何かがあるとしたら、積極的でなくても、深見くんからのアプローチはずっとあったってことで、わたしはそれにこれまで気付かないふりをしてきたってことになる。……いや、ほんとに気付いてなかったんだけども。
「金もらえて、どうせ死ぬからってなんでもやる彼女も手に入る。これで断らない男はいないだろ」
「わたしの! 価値は! というか告白する流れになってるけども!」
「好きかどうか分からない? なら、当たって砕けてみろよ。失って気付く大切さってやつ。もしフラれたら、それはそれで人生経験」
「うう……。でも、なんか、うまく言えないけど――」
やっぱりわたしは、恋愛ってやつは結婚前提っていうか、それくらい重みのある、特別で大事なことだと思うから。
軽い気持ちで告白なんて出来ないし、もし告白して、断られたらどうしよう――気持ち悪いって思われたどうしよう。そうしたらもう、お金もらってもわたしのことを助けてくれなくなるのかな。
「なあ、そう思ってる時点でそれ、もう恋ってやつ。野暮だけど、いちおう言っておく」
「なぜそうなるの……?」
「どうでもいいヤツ相手にさ、嫌われたくない、キモがられたくない、なんて思わないだろ。どうでもいいなら、こんなにあいつのことなんて考えない。あいつの話題にどれだけ時間つかってるよ? 夢にまで出てくるとか、もう異常」
異常は言い過ぎだよ……。出てくるんだから仕方ないじゃん。
「じゃあ、わたし、深見くんのことを好きになってしまったっていうの?」
「そうだよ。それにあっちもおんなじだ。わざわざ助けに来るんだから」
「そっか、貴重な時間をわたしのために……。みずっちゃんもいつもありがとう」
「うるさい」
「もう、照れなくてもいいんだよ」
「照れてないわ、メンドくさいな。感謝するくらいなら、さっさとコクれ。それが私のためにもなる。命短し恋せよ
そっか、友人の人生の貴重な時間を使って、わたしは生きてるんだ――そして、この時間のおかげでようやく分かった。
「恋はしてるようだ」
そうか、わたしは恋してるんだ! なんだか楽しくなってきた!
人生最高! みんなありがとう!
「――て、実はわたしにそう思わせるための壮大な演出なのかな、これ? お父さんが出資して……」
「それでもハッピーならいいじゃん、真相なんて」
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