現実と物語の狭間で

長月そら葉

現実と物語の狭間で

「ありがとうございました!」

 無料の紙袋に入れた大人気小説を手渡し、天也てんやは笑顔で客を見送った。

 小説を買ったのは、彼と同年代の女子高生。本当に嬉しそうに受け取った彼女は、レジの外で待っていた友人と共に店を出て行った。

「お待ちのお客様、こちらのレジへどうぞ」

 夕刻の書店は、目まぐるしい。会社や学校帰りの人々が帰るついでに寄って行くからだ。天也はわからないことを先輩に訊きながら、レジに立ち続けた。


「後、閉店まで一時間位かな」

 客足が落ち着き、明日の営業へ向けた準備も始まる時間帯。天也も閉店準備をしながら、在庫確認を行っていた。

 その時、背後から声を掛けられる。

「あの、お聞きしても宜しいですか?」

「はい、何をお探し……あ」

「え? ……あっ」

 天也の反応に怪訝な顔をした少女は、彼がその反応を示した理由に気付いて声を上げた。

 目に見えて逃げ腰になる少女に対し、天也は苦笑交じりに口を開く。彼女は客だが、それ以上に知り合いだった。

「本を探しに来たんですよね、アイナさん?」

「その名前、こっちでは使っていないって言わなかった?」

「わかってますよ、塩原美里しおばらみさとさん」

「本当に?」

 疑わしいという顔をしながらも、アイナ――美里は手に持っていたメモを開いて差し出した。天也が覗き見れば、そこに書いてあるのはとある異世界ファンタジー小説のタイトルだ。

「この本、何処にある?」

「これなら、こっちです」

 一ヶ月ほど前に書店の中を大体把握し終えた天也は、迷うことなく美里を連れて行く。辿り着いたのは、ファンタジー系の小説が並んでいるライトノベルの本棚の前だ。

 そこから書名を頼りに本を探し、天也が見事に見付ける。

「あった」

「あ、ありがとう」

 本を手渡され、美里ははにかんだ。

「これ、読んでみたかったんだ。見付けてくれてありがとう」

「いいえ、仕事ですから。……それ、女の子が異世界に迷い込んで冒険するっていうストーリーですよね」

「そう。……なんだか、他人事に思えなくて」

 苦笑する美里は、地球ではない異世界の出身者だ。とある事情で元の世界で生きることを止め、ここ日本で喫茶店を手伝っている。喫茶店のマスターも彼女と同じ世界の出身だ。

 そして天也もまた、その異世界・ソディールとは浅からぬ縁がある。

 ふと思いついて、天也はその場所から見えるレジの奥にかけられているカレンダーに目をやった。今は三月に入ったばかり。約束の五月まではもう少し時間がある。

「じゃ、レジに行って帰るから」

「美里さん」

 踵を返そうとした美里に、天也は声を掛けた。振り返った彼女に、ニッと白い歯を見せて笑いかける。

「後二ケ月、ですよ」

「……そう、ね。あのに会える、か」

「俺はとっても楽しみですよ」

「……。また、店に顔を出すと良い」

 素直な感情を出さない美里は、それだけ言い置くと書店のレジへと歩いて行った。彼女を見送り、天也もまた仕事に戻る。

唯文ただふみ、待ってるからな)

 彼は知っている。物語は創りものだと笑うことは出来ない、ということを。何故なら、彼は異世界に友人がいて、短い間であったが冒険を共にしたのだから。

 もうすぐ、友人たちに会える。そんな予定を思い浮かべながら、天也は一冊一冊の本と真剣に向き合っていく。

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