14
セイゼイガンバルが活動休止を発表したニュースを見た後。
「いやぁ、若い子に慰められるなんて情けないね……はは……ぐす……」
「な、泣いた。また泣いた……!」
「ふふ……」
俺は知らないおっさんとバーで呑んでいた。
本当に誰?記憶ない。
いや……微妙に覚えてるな。
ニュースを見たあと、酒を追加注文した俺は……見事に酔いつぶれた。
それでおじさんに肩を支えてもらいながら帰ろうとして……
…………倒れてるおっさんを見つけたんだ。
そう、倒れてるおっさんに「大丈夫ですか!?」って声掛けて、号泣されたのだった。
おっさんはスーツを着込んだ、シワの多くグレイヘアの、上品な紳士だった。
だけど何を言っているのか聞き取れなかった。
何言ってるのか分からない発言の数々に、俺はなんかすごい共感して。
俺はおっさんと一緒に呑むことになったのだった。
おじさんが「野郎二人も介抱出来ねえから!」って言って投げ捨てられたのを覚えている。
「好きなの頼んで良いよ。」
紳士的なおっさんはそう言った。
「え、あ、い、いいんですか……?」
「うん。今日はお財布もってないけど」
「だっダメじゃないですか!?」
「ぼくのお友達のお店だから、後で払わせてくれるんだ。」
遠くのバーテンダーが俺たちを見てウインクした。
愛想が良いけど、あまり関わりたくなさそうに離れている。
あ、山形だしの冷奴がある。
美味しそう。
俺は冷奴を頼んだ。
「最近ほんっとにツイてなくて。」
「は、はい。」
「ぼく、一応馬主なんだけど」
「えっす、凄いですね……」
「別にすごいお金持ちって訳じゃないよ。組合馬主なんだ。……わかる?」
「わっ分からないです。すみません。」
「いいんだ。」
紳士的なおっさんは穏やかに笑って、俺に説明してくれるようだった。
「組合馬主っていうのはね、三人以上、十人以外で一頭の馬を所有する……方式?方法?なんだぁ」
「俺、すごいお金持ちが、馬を所有してるイメージでした。」
「そういうのはね、個人馬主っていうんだよ。ぼくは友達と一緒にやってるんだ。」
俺はへえ〜と言って、一瞬だけ目を合わせて逸らした。
酔いが覚め始めている。
もったりした脳内で、俺が佇んでいる。それのせいで、俺は俺らしくなってしまっていた。
酔いにカマかけて、もっと元気になれたらいいのにな。
そんなこと気にしているのは、俺くらいなのに。
俺はいっつも明るくないのが気になってしまう。
…………ちょっとネガティブになってきたな。
セイゼイガンバルを思い出そう。
リンゴの食い方が尋常ならざる汚さ……かわいい……
「ぼくの馬がね、引退することになったんだ。」
「えっ、そうなんですか……?」
だから泣いていたんだろうか。
「うん。コンドネシアっていう牡馬なんだけど、走るのは向いてなかったみたい。……ギリギリ、殺処分は免れたんだ。欲しいって言ってくれる牧場があってね。」
「それは……良かったですね。」
「うん」
寂しそうな表情だった。
そのコンドネシアという馬に、思い入れがあったのだろう。
「仲間との思い出もあったし、何より、ぼくはコンドネシアが好きだった。」
「……」
「リンゴの食い方が汚いのが可愛くてね……」
俺と同じ感性してるなこの人……
おっさんは一筋涙を零すのを最後に、前を向いて笑った。
「ぼくの話ばかりでつまらないよね。」
「えっあっ、いえ!全然!」
「君の話も聞かせてくれないかな。気分転換になるし」
「え、エット、あー……」
俺は迷った。
初対面の人に話せる事は無い。無いというか、俺の話は面白くない。
「俺、セイゼイガンバルって馬が好きなんです」
「おお、聞いたことがあるよ。」
「へへっ……」
共通の話題があってよかった。
「名前に惹かれてレースを見に行ったら、もう、惚れちゃって。それ以来ずっと追いかけているんです。」
「おお〜」
そうして俺はセイゼイガンバルの話をした。
なんか分からないが紳士的なおっさんは、ニコニコと話を聞いてくれて。
俺はあまり吃ることもなく、楽しく話を出来たのだった。
「姪が見て見て〜」
「スマホ近い〜」
「可愛いでしょ〜これね、節分で、ぼくが鬼やったら攻撃された時の写真。あ、弁慶の泣き所って知ってる?そこを重点的に殴られて」
「あ、本当だ。すごい蹲ってる。」
「「ヤーーー!」って」
「武士みたいですね」
「ぼくは「嫌(ヤ)゛ーーーー!!」ってなったけどね」
写真に映る子どもはクリッとした目の可愛い女の子だった。
物凄い形相で戦っている。
「お名前なんて言うんですか?」
「ああ、夢子って言うんだ。高嶺夢子」
……ん?
「ちょっ……と、すみませんね」
「あ、うん」
俺はスマホを開いて、LINEで高嶺さんのアカウントを見た。
夢子と書いてある。
高嶺夢子。
俺の憧れの人のフルネームだ。
「この人であってます……?」
「ん?あっ!あれっ知り合い?」
俺は、へっへへ……と笑った。
好きな人の叔父さん、きまじい……
「ああ……ふーん……」
何かを察したように、おっさんは頷いた。目線が厳しい。
「まあ……夢子は可愛いからね……」
「へ、へへ……」
「どういう関係なのかな?」
「あっ、同じ会社の……同僚で……」
「ふーん……部署は」
「あっあっ」
尋問が始まった。
俺は泣いた。
ものすごい色々聞かれたからだ。
「まあ、応援するよ。」
「えっ」
「ちょっと話してるだけでも、君は人が良さそうだしね。」
「あっありがとうございます!」
紳士的なおっさんは、眦を緩ませて優しそうに笑った。
み、認められたってことか……!?
高嶺さんの叔父さんに……!?
なぜ……?
「馬をやってる奴と結婚なんて、言語道断だと思ってたんだが……」
「は、はい……」
あっもしかして叱責……?
「君はギャンブルじゃなくて、馬が好きみたいだ。一頭に健全に入れ込んでる。素晴らしいことだと思うよ。」
「ありがとうございます……」
褒め言葉だった。
「いずれは辞めなくちゃならないことでもね。」
「えっ」
えっ
俺は阿呆っぽい声を出して、少し唖然としてしまった。
辞める。そっか。辞める。
考えてみれば当たり前かもしれない。
いつまでも競馬をやってはいられないから、辞める。
世間的に見ても、競馬というギャンブルは白けた目で見られやすい。
だからみんな辞めるのだ。
理解はできた。
でも納得ができない。
紳士的なおっさんは、どうということも無く酒を飲んでいる。
何の気なしに発した言葉だったのだろう。
だけど俺は考えずにはいられなかった。
俺の最高はセイゼイガンバル。
それは変わらないと思う。
だけど、辞めるとなると、どうしても想像できないのだ。
セイゼイガンバルに、俺の気持ちを燃焼し切れないまま、俺は馬を辞めるのだろうか。
次の日、親と話す機会があった。
『はぁ?アンタ、まだ辞めてなかったんね。』
この言葉が、何となく、俺の現実になったような気がする。
目指せGI!セイゼイガンバル号(ここで手作りのウチワを振る) お好み焼きごはん @necochan_kawayo
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