“脚本(ダイホン)ん”のネタ本
冴吹稔
第1話
王都へ来るのは久しぶりだ。
城門で通行税を払うと、俺はまっしぐらにサンシェルド通りの古本屋へ向かった。店の入り口に置いてある奇妙な水時計が目印の、界隈でも知る人ぞ知る老舗の名店だ。
ここには、いわゆる異世界からの転生者が持ち込んだものやこちらで書いたもの――そういう来歴の、ちょっと変わった本を集めたコーナーがある。それこそが、俺の仕事には欠かせないリサーチ対象、この上なく大切な資料だった。
郊外の牧場で聴かれる、放牧牛が首につけた鈴そっくりのドアチャイムがからころと鳴り響き、うずたかく積まれた羊皮紙や草木紙の写本や活版本、はたまた印刷方法も分からない奇態な書籍の並んだ棚の前で、店番の女エルフ、カラドラインが顔を上げた。
「あれ、お久しぶりですケイウッドさん。王都にはしばらくご滞在で?」
「そのつもりだ。あまりゆっくりはしてられんが、まあ二~三日はね」
カラドラインはそれを聞くとにっこり微笑んだ。
「よかった! うちの店長から昨日手紙が届きましてね、継嗣が絶えた辺境伯のお城の書庫から、ケイウッドさんのお好きそうな本がいっぱい見つかったっていうんですよ。明後日には荷馬車でこっちに着くんです……もちろん見にいらっしゃるでしょ?」
「助かる、そいつは……!」
僥倖というのはこういうものだ。俺はカラドラインに心づけを渡して礼を言うと、今日は自分の趣味で読む為の本、ただ一冊を買い求めて店を出た。
読み本の中で転生者に与えられる「ちぃと」や「すきる」といったものは、この世界にはない。その代わりに、俺のような裏方、「ゲキダン」が、彼らの人生を望みのものになるように陰からサポートしているのだが――その台本を書くのはなかなか骨が折れるのだ。
ネタ切れに困っていたところだが、次の転生者はちょっと目新しい経験ができるだろう。そいつが王都の学院に来るまで、あと一カ月ほどあった。
“脚本(ダイホン)ん”のネタ本 冴吹稔 @seabuki
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