本より他に見るものもなし

目々

見越し・見過ごし・見逃し

 何ならおすすめの本とか選ぼうか? 何でですかって君、どうせ普段レジ横の漫画雑誌のとこしか見ない口だろ。こういう本棚見たって感想とか出てこないでしょうに──うん。

 全部カタカナの名前ですねって当たり前だろ。ここ海外作家棚だもん。つうかそこなのかよ視点。もうちょっとなんかあるだろ。せっかく表紙見せて置いてくれてるやつだってあるんだからさ。これなんか表紙リメイクしてるやつだよ。なんか人気のイラストレーターに頼んでさ。ガワ大事だからそうやって金かけてんのに君ってやつはあれだ、甲斐がないな。


 そりゃあね、ここは本屋だよ。ちょっと大きめチェーン店の本屋だ。

 その一般的であろう配置の本棚見ての感想を求めた俺も悪いかもしれないけどさ、そういう視点で返してくるやつがいるとは思わないだろ。雑談を続ける努力をしなさいよ。ラリーの練習してるところにスマッシュ打ち込んでこられたら、そら悪いのは打ち込んだ方なんだからこの場合はつまり君だろ。続ける気概を持ちなさいよ。友人なら──何? その顔。


 君ね、平日の真っ昼間に不意討ちで映画とか観に行きませんかって誘うのはさ、友達の所業だろ。友達じゃなきゃ許されないやり口だよ、そういう通り魔みたいな方法はさ。


 いくら俺が暇な大学四年生ってもね、普通の学生は平日は色々あんのよ。君だって二年生でしょ。先週の例会に参加してたのはありがたかったけども。皆川先輩が発表やるっていうから準備が要ったからね。ありがとうねいつも。君そういうとこは真面目だからえらいよ。

 で、何だっけ──ああ、気安いお誘いの話よ。俺はね、優秀な学生だからまあ授業はないとしよう。でもね、彼女とかそういう予定があるかもってのをさ、考えたりとかするんじゃないの普通は。いないよ。いたら真っ先に言うよ。君彼女いないだろ。だったらざまあみろってそらめちゃくちゃ自慢するよ。友達だもん。予定がないけども。

 そんでね、こういう何……じゃれ合いにねえ、付き合ってくれんのもさ。こうやって時間潰しのウインドウショッピングでわあわあ言うのもねえ親しい間柄だよ。違うの? ……まあ友達ってまではいかなくてもさ、何となく趣味か気が合うのは確かでしょうが。じゃあまあ、この場限りでもいい感じの反応をしなさいよ。人付き合いってそういうもんだよ。その場凌ぎが上手にできれば大体なんとかなるんだから、やんなさい。そうじゃないと俺が悲しいから。いいね。仲良しだろ君と俺。こないだも飯食いに行ったろ。な。


 なんで本屋で時間潰ししてるんですかってね、君。君がそれを聞くかい?

 しょうがないだろ、上映時間ちょうどいいのなかったんだから。


 俺もあんまり言えた義理でもないけどね、何も考えないでシアター来てうーんちょうどいいのないですねって当たり前なんだよ。

 ショッピングモール併設のシアターなんてな、基本的にはファミリー向けかカップル向けか一般向けしか流れないんだよ。俺と君が喜ぶようなね、血がばしゃーで怪人うぎゃーで何一つ教訓は得られないけど気分が最高! みたいな映画は基本的にはかかんないんだよ。それは市の方行かないと。かかったとしてもね、上映回数そんなにもらえないんだよ。夕方から深夜手前までの微妙な時間帯でさ。こんなん暇な学生ぐらいしか見に来れないんだよ。暇な学生しか見に来ないけど。俺と君みたいなね。

 しょうがないったらそれまでだけどね。昔はね、あったらしいよ映画館。一応さ、有名どころの映画監督だか脚本家だかが我がふるさとの何かー、みたいなやつでね、芸術がどうこうみたいな志? 高めな有志が暗くて音声聞き取り辛い系の映画をオールナイトで流してたわけよ。そういうことばっかやってるから俺がちっちゃい頃に潰れたけど。廃墟だけ残ってる。夜逃げみたいな潰れ方したからね、近所の古道具屋に音響売り出されてるくらいの潰れ方。

 コアな映画館なんてね、都会だってばたばた閉館してんだから。こんな非文化的地方都市で生き残れるわけがないでしょう。大学あったってこの様だよ。流刑地だよ。俺んちの近くなんか昔レンタルビデオ屋が一瞬できてすぐ潰れたよ。ないんだよね文化がさ、そもそも。暇なときに映画とか映像見て暇潰す、みたいなやつが。文化果つる地だよここは。流刑地。きっと先祖が悪いことしたんだろうし俺らもやるんだよいつか。


 うん、そうね。

 そういうこと言ってもね、結局ショッピングモールさまさまではあんのよ。

 こういう映画館もビデオ屋もやってけないような土地でさ、標準的な文化資本を提供してくれてるってのはね……もうあれよ、慈善事業だよ。田舎でこんだけ大きい本屋があるんだからさ。個人書店がどうこうってのもね、そもそも都会の本屋だって少なくなってんだから、こんなド僻地で本屋で食ってけってのを個人にやらせるのはね、むごいと思うよ。勿論店の色とか個性とかそういうのは分かるけども。だって食えないんだもん。俺が高校の時に通ってたこだわりの本屋なんか二軒とも潰れたよ。隠れ家っぽいデザインで妖怪の本とか民俗学の本売ってたけど、まあ一年しかもたなかった。次はなんかお洒落な服屋になったけどね。今質屋になってる。


 ところでさ、君声おっきい方かい──そうでもない。

 じゃあさ、ちょっとだけ上見てごらん。棚のね、そうそう。さっき君がポテチみたいな名前ですねっていったやつのあたり。そのもうちょっと上。棚ね。


 ほら、今日は足首までだ。


 黙って座り込むやつがいるかよ。どうするんだ不審者だったら。君ここで死ぬ気か。言っとくけどね、俺非力だよ。途中まではそりゃ可愛い後輩だから頑張って引きずるけど、賭けてもいいけど逃げ切れずに一緒にお陀仏だからね。結局死体が増えるだけだからね。意味がないんだよ。

 立てる? はい。人の手握って嫌な顔すんじゃないよ。荒れてるっても君に文句言われる筋合いがないんだよ。しょうがないだろう寒い時期に水仕事するとすぐ荒れるんだよ。一人暮らしだもの。

 言っとくけどね、反対側回ってもいないよ。君が不審者に見えるだけだからね、やめときなさい。


 しかしえげつないヒールだよなあ。ほとんどピンだろあんなの。踏まれたら刺さるぞ。


 ええとね、何だってあれだよ、ちょっとした怪談だよ。ここの本屋にまつわるやつ。

 本屋の棚の上、棚越しの向こう、黒いパンプスを履いた足がぬうっと逆立ちしてるのが見える──逆立ちだよ、靴の裏見えてんだから。足もさ、調子いいと膝まで見えることあるけど、スカートっぽい端っことストッキングの足がね、本棚のへりまで……分かったよやめるよ。腕の肉をもぐ気でつねるのやめなさいよ。君のやり口はだいぶ陰湿だよ。

 そうだね、俺は何回か見てる。常連だもんここの本屋。

 何べんも遭ったけど、まあ元気だよ。見える範囲がちょっと違うことはあるけど、それだって三ヶ月にいっぺんあるかどうかってとこだし。誤差じゃん。

 高校の時に一瞬話題になってね、そんときに暇な連中が見に来てたりもしたけど、まあぼちぼちだったよ。見えるだけだからすぐに話題にならなくなったし。お前も知ってるかと思ったんだけど、ここまでびっくりされるとは思わなかった。ごめんな。


 そもそもね、棚越しに見える脚なんて気付かない人の方が多いんじゃないか?


 本屋で本棚の上に何があるかなんて、気にする人もいないだろ。本棚全部見るとか贔屓の作家が上の方にいるとか、そんなんでもなければ上の方まで見ないし、そういうときは本だけ見てるからね。真剣だよ。棚のところで何がひょこひょこしてようが、そんなんどうでもいい。俺なんかは頭ん中の目録と財布の中身で購買欲と殴り合ってるからね、付き合ってる余裕がないよ。うっかりすると同じ本を三冊くらい買ったりするからね。表紙違いとかですらない。あれはもうあれだよ、絶望。

 よしんば見たとしてもね、どう思うよ。あれ咄嗟にあっ靴のヒールだ! って気づけるかね。俺はさ、見慣れてたから。母さんが実家で仕事用の玄関に置いてたし、葬式とかでよく見てたしね。でも大概の人はさ、何か変なもんがあったなって思って終わりだよ。頭覗いてるとかなら危機感が別だったかもしれないけどね。靴と足じゃね。


 ま、極論ね、気にしなきゃいいってだけの話でしょうよ。別にすれ違った人の腕が三本あっても、君の人生には関係ないでしょ? じゃあいいじゃない。大体のことはそんな感じだよ。変なもんもね、明らかにこっちをぶん殴ってやろうって感じできてるんじゃなかったらさ、お互い見て見ぬふりぐらいでちょうどいいのよ。


 とりあえずね、俺は欲しいのもう目星つけてあるから、君ここで待ってるかい……あ、着いてくる? レジ並ぶと思うけど、あそう。別にいいけどね。どうせなら君もなんか本買ったげるから適当に取りなさい。文庫本ね。あんまり高いの出されると俺だって困るのよ。バイトしてたってね、所詮は学生なんだから。


 そうだなあ、どれお勧めったらあれよ。血がいっぱい出て人がいっぱい死ぬようなやつだったら──本棚が別だなあ、そっち探してみるか。棚ぐるぐる巡って本を探すの、本屋の醍醐味でしょ。映画始まるまでまだあるしね。本だけ存分に見て回ろうじゃないの。ねえ?

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