Q.あなたが文芸部に入部した理由は?

一初ゆずこ

A.あの子が、文芸部に所属していたから

 本屋で初めて小説を購入したのは、小学五年生のときだった。

 クラスメイトの友達が、教室で本を読み始めたことがきっかけだった。声を掛けるのがはばかられるほどに集中している横顔を、私はちょっと面白くない気持ちでながめていたと思う。友達を本に取られた気がしたのかもしれない。昼休みが終わる頃、やっと本から顔を上げた友達は、はじけるような笑顔で言った。

「この小説、すごく面白いんだよ!」

 見せられた小説は、はやみねかおる先生の『消える総生島そうせいじま 名探偵夢水清志郎ゆめみずきよしろう事件ノート』だった。三つ子の女子中学生である亜衣あい真衣まい美衣みいが、隣人の名探偵である男――教授きょうじゅと共に、さまざまな事件に巻き込まれ、複雑怪奇かいきな謎の数々と向き合っていく、講談社青い鳥文庫から出版されているミステリー小説の三作目だ。

 この物語との邂逅かいこうが、運命の出会いだったことを知ったのは、数日後の夜だった。友達のすすめで小学校の図書室に寄った私は、はやみねかおる先生の『名探偵夢水清志郎ゆめみずきよしろう事件ノート』シリーズの一作目である『そして五人がいなくなる』を借りていた。そして、友達が夢中になった気持ちを理解して、またたく間に物語のとりこになった。

 読んだ当時は年上だった主人公・亜衣あい可愛かわいさ、生活力はゼロなのに高い推理力をほこる教授の格好良さ、鮮やかに解き明かされていく謎と真実――最後の一ページを読み終えたとき、世界が燦然さんぜんと輝いて見えた気がした。小説って、とてもすごい。本の素晴らしさを教えてくれた友達、ありがとう。いつか私も、自分が夢中になれる物語を書いてみたい。そんな目標が芽生めばえたのは、たぶんこのときだったと思う。

 翌日、図書室に次の本を借りに行ったけれど、あいにく全て貸出中だった。友達と私以外にも、あのシリーズの面白さを知っている子どもが大勢いることを、スカスカの本棚が教えてくれた。本が返却される日まで待てなかった私は、本屋で初めて漫画以外の本を買うために、青い鳥文庫の代名詞だいめいしのような水色の表紙が目を引くコーナーを、ドキドキしながら真っ直ぐ目指した。

 そのとき買った本は、シリーズ二作目の『亡霊ゴーストは夜歩く』で、亜衣あいの学園生活が描かれている。亜衣のボーイフレンド・麗一れいいちの活躍も楽しい一冊を、私は何度も熟読じゅくどくして、中学生になったあかつきには、文芸部に入ると決めていた。

 しかし、ここで誤算ごさんがあった。私が進学した中学校に、文芸部は存在しなかった。新たな部を立ち上げる勇気も根性こんじょうもなかったので、亜衣あいのような文芸部員になる夢は、高校へと持ち越された。代わりに、二度目の運命の出会いが訪れた。

 中学一年生のときに、私はクラスメイトから強くすすめられて、ライトノベルを数冊まとめて借りることになった。

「ちょっと怖いけど、すごく面白いから読んでみて!」

 結論から言うと、ちょっとどころではないくらいに怖かった。電撃文庫から刊行されていた甲田学人こうだがくと先生の『Missing』シリーズは、全13巻という不吉な数字で完結しているホラー・現代ファンタジー小説で、主人公の高校二年生・近藤武巳こんどうたけみの平凡な日々を、日常と隣り合わせの非日常という〝怪異〟が、問答無用もんどうむようで壊していく。

 あまりの容赦ようしゃのなさにおののいた私は、深呼吸したり、たまらず本をいったん閉じたり、果ては登場人物が負傷するたびに「ひええ」とか「痛い、痛い!」とか「ああああ」などと騒がしくうめきながら読むという、未知の体験をすることになった。また、語彙ごいの豊富さにも度肝どぎもを抜かれた。私が「戦慄せんりつ」という言葉と初めて出会ったのは、『Missing』シリーズの2巻だったと記憶している。小説は、読み手に新しい言葉を教えてくれるということを、私は甲田学人こうだがくと先生の著書から学んだ。

『Missing』は、群像劇ぐんぞうげきとしても魅力的で、ページを捲る手が止まらなかった。あっという間にシリーズの9巻まで読み終えた私は、友達に続きの巻を借りる日まで待てなくて、本の楽しさを知ったときの再現のように、放課後に本屋へ急いでいた。レジで会計を済ませて、自分の物になった本を抱いて帰る時間が、とても幸せだったことを覚えている。

 そして、この『Missing』に出てくる武巳たけみたちもまた、『名探偵夢水清志郎ゆめみずきよしろう事件ノート』の亜衣あいのように、文芸部に所属しているのだ。

 大好きになった彼女と、彼らと、同じ部活に入りたい。一回ひとまわり強くなった憧れを胸に、高校生になった私は、晴れて文芸部に入部した。

 しかし、またしても誤算ごさんがあって――その文芸部が、まさか文芸部とは名ばかりの漫画研究部であり、小説を書こうとしている人間が、新入部員の私一人だけだったなんて、あのときの私には知るよしもないのだった。

 ともあれ、長編小説を部誌で連載したり、仲間と一緒に絵も描いたり……楽しい文芸部ライフを満喫まんきつした私は、あれからも本屋に行くたびに、憧憬しょうけいの気持ちを教えてくれた人たちのことを、懐かしい気持ちで振り返る。

 本屋のお客さんの中には、心に決めた一冊を求めて、小学生と中学生だった頃の私のように、わくわくしながら来店した人がいるかもしれない。

 本屋は、たくさんの人たちの夢と憧れが交差する、とても素敵な場所だと思う。

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