KAC20231 異世界の本屋には冒険者は居着かない

びゃくし

とある本屋の何気ない日常は彼女に支えられている


 アレスタ帝国西にある“眠らない街”と名高い歓楽都市ウェーブル。

 半年前に日本からこの世界に転移してきた僕、紫蔵しくら唯月いつきはとある縁があって都市南西の一角にこじんまりとした本屋を構えている。

 蔦の絡まった外観に古びて中の見通せないガラス窓、立地はお世辞にも良いとは言えない入り組んだ通路の先。

 しかし、僕にとっては念願の場所であり、無理いって用意して貰ったたった一つの心休まる居場所である。


 扱う本は自伝、絵本、推理小説、植物図鑑、料理本、魔法書、魔物の解体手順書などなど幅広いジャンルを揃えている。


 文化自体がまだ未発展なのか、僕が発見できていないのか、漫画こそ置いていないが、我ながらよく集めたなというラインナップ。


 そんな異世界に居を構える僕の本屋だが、そこを訪れるのは意外にも大半が冒険者だ。


 なにより冒険者は人口が多く、命の危険もあることから常に正確な知識を欲している。

 事前の下調べなしに冒険に出掛けることは命を落とすリスクが高いことから常に様々な知識を必要としている。


 また、貴重品である本を何度となく購入できるのは命を担保に危険な冒険を繰り広げる冒険者ぐらいで、他に余剰の資金を持つ商人や貴族はすでに必要な本を所持している場合が多い。


 勿論冒険者ギルドと呼ばれる冒険者たちの相互扶助組織にも様々な本が保管されているが、そこに所蔵された本たちは個人の所有物でないため、冒険に持ち出すことも出来なければ家でじっくりと読み込むことも、書き込み新たな情報を付け足すことも難しい。


 そんな冒険者が多く訪れる僕の店『世界書店ワールド・ブックウェーブル本店』。


 あまり冒険者の居着かないこの店にすっかりと聞き慣れてしまった可愛らしい声が響き渡る。


「本屋さ〜ん!」

「なに? また来たの? レヴィちゃん」

「また来ちゃいました。だってここ街の図書館より本の種類が多いんですもん」

「いや、そんなに無いよ。見ての通り奥まったところにあるし、店自体も狭い」


 彼女はレヴィ。

 レヴィ・ストロース、冒険者でいう中級の腕前を持つ銀級冒険者だ。


 彼女は手慣れた様子でカウンターに座りお客さんを待つ僕の隣りへとフンスと気合いを入れて座り直す。

 その細い手にはいつの間にか一冊の本が握られていおり、タイトルを見れば『私は公爵令嬢〜恋人を選べと言われたから駄目元で皇太子と辺境伯息子と床屋の跡取りを選んだら全員旦那様になっちゃいました〜 第四巻』と書いてある。

 彼女のお気に入りの小説。

 その続刊だった。

 

「狭いなんてよく言えますよね。わたし知ってますよ。このお店空間魔法で拡張してますよね」

「う……」

「大体外観と奥行きが全然あってないじゃないですか。わたしこの前どこまで続いてるんだろうと思って立ち入り禁止の先に行ってみたら帰ってこれなくなるほど迷ったんですからね!」

「いや、やめてよ! 立ち入り禁止は従業員以外入っちゃダメってことだからね! ホントに危険だからやめて!」

「ええ〜、でも店員さんなんて本屋さん以外いないじゃないですか」

「う……」


 レヴィちゃんの指摘に言葉に詰まる。

 確かにここは僕以外いないし、本の仕入れの関係で空間魔法で何処とでも繋がってるけどさぁ。

 店の奥に勝手に入るのはやめてよ。

 ホントに帰って来れなくなったらどうするの?


 僕がどうレヴィちゃんにどう注意するか悩んでいると店先に並べてある本を手に取ったお客さんが声を掛けてくる。

 おっと購入希望者かな。


「店長さん、この本を下さい」


 手に持っていたのは古びた料理の本。

 ここウェーブルからは南西にある遠い独自の文化を持った南国の本。


「このギャンブル指南本最高だな! 一冊くれ」


 次のお客さんはあるギャンブラーが自伝として残した内容が眉唾な本。

 しかし、彼は喜び勇んでその本を購入していった。


「マルクレニア式初級魔法大全? ウソ……こんな本が市内の店にあるなんて……帰って読み込まなきゃ」


 マルクレニア式は複唱魔法と呼ばれる既存魔法の詠唱を重ねることで威力をあげる魔法技術。

 しかもあの本は基礎の基礎だがそれ故に人気があって出回っている数が少ない。

 いい買い物だな。


「ほんっとこのお店冒険者が多いですよね。いまの人たちみんな革鎧を着ていたり、武器を見えるところに所持していたりで冒険者の人ばっかり」

「うん、ウェーブルは歓楽都市でもあるからね。ここには娯楽を求めて大陸中から人が集まってくる。冒険者はその半数以上を占めるから必然的に多くなる。このお店のお客さんも冒険者の人ばっかりだよ。……でも彼らも今回は本を購入してくれたけど次来るのはいつになるのか……出来れば毎回無事な姿を見せてくれればいいんだけどね」

「……冒険者は旅するものですからね。きっと顔を見せなくなった人もどこかで元気にやってますよ」

「そうかな」

「そうです! それに本屋さんにはわたしがいるじゃないですか! 毎回毎回こんな入り組んだところにあるお店に来てくれる美少女冒険者なんてわたしくらいのものですよ!」

「美少女って自分でいう必要ある? というかいい加減立ち読みしないで買っていってよ。銀級冒険者なら多少の稼ぎがあるんでしょ?」


 レヴィちゃんはいつの頃からかこの店に入り浸り立ち読みしていく生活を続けている。

 でも彼女も冒険者のはず。

 初対面の時あまりに言動が軽いので疑ったら銀級冒険者の資格であるギルドカードを見せてくれた。


「む……買って帰ったら、このお店に来る理由がなくなっちゃうじゃないですか」

「え、なんて? 小さ過ぎて聞こえないよ」

「だから! わたしは買って帰るつもりありません! 本なんて高級感、買って帰ったらすぐお金が尽きちゃいますよ!」

「ええ〜〜、堂々と立ち読み宣言しないでよ」

「店番手伝ってるんだからそれくらいいいじゃないですか」

「でもなあ、毎度居着かれても……」






 異世界の本屋に冒険者は居着かない。


 もし居着いてしまう冒険者がいるのなら――――それは別の目的があるからだ。


「レヴィちゃん、帰らないの? 日が暮れちゃうよ?」

「ええ、まだ読んでない本があるからダメです」


 レヴィ・ストロースは帰らない。

 ここウェーブルは“眠らない街”だからと言って帰ろうとしない。


 でもそれはタダで本が読みたいからじゃない。

 たった一人でお店を切り盛りする“本屋さん”が…………冒険者お客さんが去っていくことに寂しさを感じないように。

 冒険者お客さんが帰って来ないことに罪悪感を覚えないように。


「……なんで本屋さんはそんなに優しいんですかね。ただ本を売っているだけなのに。お客さんのその後まで気にするなんて……普通の商人は売った後は知らんぷりですよ」


 これは彼女の独り言。


 彼が顔を見せなくなった冒険者の行く先を気にすることを彼女は憂いている。


 そう、彼女は知っている。


 時々彼は来なくなった冒険者の訃報を耳にして胸を痛めていることを。


「だからわたしは絶対にこの店に帰ってくるんです。でないとあの人が……本屋さんが悲しむから」


 レヴィ・ ストロースは冒険者だ。

 求めるもののためにどこまでも邁進する者。


 彼女の求めるものはここにあった。

 “本屋さん”と呼ぶ彼の隣りこそ彼女の居場所。

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