日本最後の本屋さん

清水らくは

日本最後の本屋さん

「日本長い……」

 ようやくたどり着いた東京の街。昔は大都会だったらしいが、今は廃ビルなどの目立つ下町となっている。北海道新幹線とリニア東北線を乗り継いで2時間。すっかりお昼になってしまった。

 できるだけ昔ながらのものが食べたくて、駅から歩いて飲食店の立ち並ぶエリアに入っていった。最近すっかり地球人用の店は少なくなったが、さすがは東京、何世紀もやっているんではないかという古い店もあった。

「おお、すげえ」

 光るものがあったので近づいてみると、ビルの斜めになった屋根にソーラーパネルがあった。稼働しているとはとても思えないが、きれいに保たれていた。そういえば社会の授業で、東京はソーラーパネルを大量導入して大失敗したと書いてあった。生でその遺跡を目撃できたのは大変うれしい。

 そのビルの一階には、「植物製うどんあります」と書かれたのぼりが立っていた。最初意味が分からなかったが、しばらく考えて「小麦を育てたこと」だとわかった。現在地球人食料の大半は、「完全粉」から作られる。工場で「完全種」に水を加えると、粉が生成されるのである。小麦や大豆、米の遺伝子を使って作られているらしいが、今では完全粉の元がなんだったかなんて気にする人はほとんどいないだろう。

 植物から作ったうどんがどんな味か気になり、僕は店に入った。中にはなんと、地球人の店員がいた。

「いらっしゃい!」

 時代劇でしか聞いたことのないような挨拶だ。そして店員は、僕に神のメニュー表を手渡してきた。

「すごい……骨董品ですか?」

「メニュー表のこと? オーダーメイドで職人に作ってもらってんのよ。それに食いつく人多いねえ」

「すごい……じゃあこれを頼もうかな……5000円?! やっす!」

 店主が僕の席の前に来て、ニコニコとした顔で立っている。ん?

「兄ちゃん、昔ながらの注文は、直接言うんだぜ」

「あ、ああ! すみません初めてで。じゃあこの『海の天然わかめ入りうどん』をください」

「へい! わかめ一つね!」

 何もかもが古くて新鮮だ。東京が大好きになりそうだった。



 おなかが満たされた僕は、いよいよ本来の目的を達成するためにタクシーに乗った。東京のタクシーはまだ多くが地上を走っており、数台だが地球人の運転するものもあるらしい。残念ながら僕が乗ったのはロボット車だった。運転席にいるロボットは人間の運転手がいたころの名残で、本来の役割は盗難対策らしい。自分では操作できないタクシーを盗んでどうするのだろうと思うが、タクシーの部品などを欲しがるマニアがいるらしい。まあ、気持ちはわからないでもない。僕も古いものが見たくて、わざわざ東京までやってきたのである。

 目的地に着き、タクシーを下りる。そこには、なんとコンクリート壁の一軒家があった。事前に調べていたとはいえ、あまりの古さに僕は感動して震えてしまった。屋根にはちぉんとソーラーパネルがある。もはやこれは、古墳ぐらい貴重なものではないか。

 中に入ると、棚が並んでおり、確かに紙の雑誌が並んでいた。僕は、思わず涙ぐんでしまった。

 ここは、日本最後の本屋さんである。正確には、最後の「紙の本を売る専門店」だ。今や紙の本はほとんど流通しておらず、図書博物館などでしか普通は見ることができない。販売されているものは稀少で、ほとんどのものがネットで予約して手に入れることしかできない。

 その本が、普通に並んでいる。信じられない話だが、昔はこういう本屋さんが日本各地にあり、中には何万冊と売っている店もあったというのだ。つまり紙の本を買う人がたくさんいたということだろうが、家の中に置いておくだけでも大変だろう。なんと昔は、各家庭に本棚があったらしい。

 奥の方には、新書や文庫の棚もあった。さすがにほぼ新刊が出ないので、どれも薄汚れている。一冊手に取ってみると、定価が「950円」と書かれていた。

「ぎょえー!」

 思わず変な声が出てしまった。さすがにその値段では売っていないようで、隣に「6700円(税込)」というシールが貼ってあった。それでも格段に安い。

 「マーケティングが100%成功するイノベーションルールのイシュー」とタイトルに書かれた本。意味は全く分からないが、木簡を初めて発見した人もこんな気持ちだったに違いない。

 それ以外にも何冊の本を抱えてレジに向かおうとしたところ、一人の地球人が店に入ってきた。腰が大きく曲がり、杖を突いている。機械化をしていないようで、よろよろと歩きながら雑誌コーナーに向かっていった。

「おお、おお、本当に本屋だ……」

 老人は一冊の雑誌を手に取り、震えながら泣いていた。なんだ、僕と同じ趣味の人じゃないか。

「そして……私の青春」

 そう言うと老人は、震えが止まった。動きが完全に止まり、そして倒れた。

「大丈夫ですか」

 僕が駆け寄ると、店員のロボットも近寄ってきて、老人の腕に触れた。

「脈はあり。意識はなし」

 店員の目が赤く光る。救急車を呼んだのだろう。店員は老人の持っていた雑誌を手にとって、元の場所に戻そうとした。

「あ、あの!」

 僕は思わず声を上げていた。

「なんですか」

「その、その人にそれを持って行ってほしいんです」

「でもその人はお買い上げできませんよ」

「僕が払います!」

 僕は端末を差し出した。ロボット店員はお客が買うと言ったら拒否することはできない。

 店員から雑誌を受け取った僕は、老人の手の上にそれを置いた。サイレンが聞こえてくる。救急車が飛んでくる音だ。

「元気になって、読みましょうね」

 老人の頬が、少し緩んだ気がした。手の上で『やっぱりすごい地球人 vol.756 特集 宇宙人の本当の目的』が光り輝いていた。


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