青空と小さな店主
つくも せんぺい
青空と小さな店主
アタシはその日、青空の下で本屋を見つけた。
『本や』
大きくそう書かれた、ビート板くらいの段ボール板。動物のキャラクターの描かれた、一人用の小さなレジャーシート。
そこに居たのは、もっと小さな店主だった。
暖かくなってきた週末。久しぶりに催されたフリーマーケットのテントからはみ出した青空の下、
「おはよう!」
何歳くらいかしら? すごく幼く見えるその店主は、クリクリした瞳をこちらに向けて、大きなあいさつをした後、手を出して続けた。
「五十円になります!」
……うん、待って。持ってないわ。
アタシの装備は今、学校指定の上下揃いのジャージと水筒にシューズ、あと櫛。くしだ。これだけは譲れない。財布や化粧ポーチなんて出したのが学校に見つかったら即タイホ。
ほんと田舎なんだから。携帯? スマホ? ナァニソレ?
「お、おはよ。いらっしゃいませじゃないの?」
アタシはそう問いかける。とりあえず話題を変えることにした。
「あ、そうだよ。いらっしゃいませ! 五十円になります!」
小さい店主はアタシの問いかけを受け元気に訂正し、しっかりと手を差し出した。
苦笑いで誤魔化しながら視線を落とすと、そこには色とりどりの本が並べられている。
「本……?」
そう呼ぶにはあまりにも
「なかなか良いですね、画伯」
「えへへ」
ニヤッとそう伝えると、素直に照れるさまがかわいい。でも出される手のひらに商魂のたくましさを見た。
「学校行く途中でサイフ持ってきてないんだ」
素直に白状することにする。店主の落胆を覚悟したが、
「そっかぁ、でも読んでくれてありがとうね」
「ううん、なんでお店してるの?」
眩しい! その真っ白な言葉に目を細め、親らしき人も近くに居なかったから聞くと、
「あれがほしくてお店してるの」
と、店主はあるテントを指さした。売店はレースの編み物や、手作りのアクセサリーに鞄。竹細工や、木で作った子ども用のおもちゃなどが並んでいる。食べ物は置いていない。個封包装のお菓子も。店主の示した先は、木の細工の並んだテント。
「木のおもちゃ?」
「ちがうよ、お花」
「買ってもらえば?」
「ママいまあそこにいるから、家にいないんだ」
店主は今度は会場から見える病院を指さした。
学生には切り返しにくい難題だ。言葉に迷っていると、ちびっこ店主は続ける。
「ほんものはもっていけないから、あれならいいと思ったの」
「そっか……」
そう、答えにもならない呟きを漏らしながら、アタシは店主と一緒に病院を眺めた。部活には遅刻するかもしれないけれど、聞いてしまったものは仕方がない。
「ねぇ、お金とってくるから、待っててくれる?」
「いいの?」
「もちろん!」
軽く手を振り、アタシは店主のもとを離れた。家に駆け戻る前に、木工細工のテントのおじさんに声をかけ、五十円の花を手に取り差し出す。
「すみませーん! あそこのシートの子、お母さんにこれプレゼントしたいって! お金とってくるから、とっていてもらえませんか?」
「おぉ、おねぇちゃん優しいねぇ」
「いや、話聞いちゃったからってだけです。お願いします!」
笑顔で応じるおじさんに一礼し、アタシは家へ駆け戻った。
◇
結果だけ話すと、アタシはあれから店主には会えなかった。
戻ったらあの段ボールも、レジャーシートも、もちろん本もなかった。
木工細工のおじさんがアタシを覚えていてくれて、あれから別の大人の人が声をかけて、木工細工の花と、その人と折り紙で一緒に折った花を持って病院に行ったということを教えてくれた。
「走って戻ってきてくれたんだね、優しいね」
そう息を切らせて戻ったアタシに、おじさんはまた笑顔を見せ、周りの売り場の人たちもニコニコとこちらに視線を向けていた。サイフに五十円玉はなかったから百円。握りしめた手が汗ばんで、照れくさくて、アタシは返事もそこそこに部活に向かった。
頬を撫でる風が暖かくてくすぐったい。さっきのちびっこ店主は、無事にお母さんに渡せただろうか?
さっきのフリーマーケットの雰囲気ならきっと大丈夫だろう。
春にはまだ早いけれど、今年は色んな思い出が作れそうだとアタシは思った。
だって部活があるだけの週末に、青空の下の本屋さんにも出会えたのだ。
なんとなく口元のマスクを顎にずらし、深呼吸。
アタシは小走りに学校へ向かった。
色んなことが出来たら良いなと思う。
まぁでも、とりあえずアタシのいまの願いは、顧問の先生がまだ来ていませんようにってことと、手に握る百円玉が見つかりませんようにってことなんだけれど。
青空と小さな店主 つくも せんぺい @tukumo-senpei
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