いつもの土曜日、いつもの時間。

香居

わたしは、ねぇねと本屋さんへ行く。

 オシャレをしたねぇねは、いつもよりもっと可愛くなる。一緒に歩いてると、すれ違う人が振り返るくらいに。でも、ねぇねは誰の視線も気づかない。手をつないでるわたししか見てないから。


「そこ、段差あるから気をつけて」

「ありがと、ねぇね」


 早く本屋さんに行きたいだろうに、わたしの歩調に合せてくれる優しいねぇねが好き。


 本屋さんに着いたけど、目的は本じゃなくて、2階にあるカフェスペース。

 ねぇねは毎週、ここで本を読むフリをしながら、お目当て・・・・を待ってる。


「おっ。いたな、サカナ〜」


 ニコニコしながら、爽やかなお兄さん──野間さんが近づいてきた。いたずらっ子みたいな表情だけど、目元は優しい。

 ……あっ。ねぇねが、野間さんをキッて睨んだ。


「アタシは鮭かっ! 毎っ回言ってんでしょ!? その言い方だと『魚』なのよ! アタシは『坂名』!」


 勢いよく本を閉じて力説するねぇね。


毎回・・なんだから、いい加減慣れろよ。俺たち『魚の間』の仲だろ?」


 野間さんは、する〜っと自然にねぇねの隣の席に座って、小脇に抱えてた本屋さんの袋をテーブルの上に置いた。


「誰が言い出したか知らないけど、その中途半端なネーミングも気に食わないのよね。誰も予約取らなそうじゃないの」

「まぁ『鯛の間』とか『鮃の間』に比べたら、漠然としてるよな」

「『鯛や鮃も舞い踊り』……って、竜宮城じゃないのよ!」

「おーおー。今日もツッコミが冴えてるねぇ、サカナちゃん」

「だから──って、なんで隣に座ってんのよ!」

「空いてるからじゃん?」

「そっこらじゅう空いてるじゃないの! アタシたちの他に、お客さんいないんだから!」


 怒ってるっぽい口調のねぇねだけど、ほっぺがちょっと紅くなっちゃってるから、全然怖くない。


真梨まりちゃ〜ん。おじさん、泣いちゃうよ?」


 店主のおじさんが、コーヒーマシーンの陰でシクシクと泣きまねをした。


「あっ! やだ、ごめん、おじさん! 空いてるのは、今の時間帯だけだもんね! 他の時間は、混んでるの知ってるから!」


 ねぇねが慌ててフォローしてる。

 野間さんは、あわあわしてるねぇねを優しい目で見てる。

 ……おつきあい、しないのかなぁ……

 ねぇね越しに野間さんを見てると、目が合った。私の視線に応えるみたいに、野間さんはウインクした。タイミングが合えばね、って言われた気がした。

 ……うん。おとなしく、ソーダフロート飲んでいよう。

 わたし、空気の読める小学生だから。



 いつもの土曜日、いつもの時間。

 野間さんが、ねぇねに逢いに来て。嬉しそうなねぇねは、照れ隠しして。店主のおじさんが、温かい目で見守ってくれてて。

 ずーっとこの時間が続けば良いなって思ってるのは、わたしだけじゃないよね?


 もう一度野間さんを見たら、にっこり笑ってくれた。俺もそう思うよ、って言ってるみたいに。


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いつもの土曜日、いつもの時間。 香居 @k-cuento

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