01:夢の中の本屋

矢木羽研(やきうけん)

テーマ「本屋」

「そうか、またこの夢か……」


 目覚めて数分、夢の中の出来事を反芻はんすうして、僕はようやくあの本屋が現実には存在しなかったという認識に至る。


 僕はしばしば、本屋とか古本屋の夢を見る。その店は実家の近くの、通学などで通い慣れた道沿いにあるのだが、現実には現在にも過去にも存在しない。しかし夢の中ではその本屋の存在が当たり前になっており、僕はまったく疑問を抱かずに入店する。そして目を覚ましたあとは「久しぶりにあの店に行ってみようかな」などと思うのだが、しばらくするとそんな店は存在していないことにようやく気づくのだ。


 今回の夢の中では、店の中に女の子がいた。セーラー服を着ていたが、中学生だろうか、それとも高校生か。そういえば僕も夢の中では、中学高校通して着用していた詰め襟の学生服で自転車に乗っていた。一人暮らしを始めてからはすっかり自動車生活になり、自転車なんてもう何年も乗らなくなっていたのに。


 あの子は誰だったかと思い出そうとするが、どうしても顔が出てこない。そもそもクラスメイトにしろ部活仲間にしろ、顔をはっきり思い出せる人が何人いるだろうか。それだけ学生時代は遠くなっている。もう何年も会っていないどころか、今となっては連絡先すらわからない人ばかりだ。


 今日は仕事も用事もないし、洗濯物も溜まっていない。昨夜は久しぶりに深酒をしたのでまだまだ眠気は十分にある。今なら夢の続きが見られるかもしれないと思い、僕は再びまぶたを閉じた。たちまち意識は夢の中に落ちていく。学生時代に戻り、実家のベッドから「リスポーン」した。明晰夢めいせきむだ。


 寝床にいたにも関わらず、なぜか学生服を着ていたので、僕はさっそくドアを飛び出して自転車にまたがる。目指すはもちろん、例の本屋だ。……例の本屋、だって? そんな店はどこにあるのだろうか。あれは夢の中にしか存在しない店ではないか。そこまで思い出すと、僕は再び目を覚ました。結局、夢の中にだけ存在する幻の場所というのは、夢であると自覚してしまえば行くことはできないのだ。


 すっかり目が冴えてきたので、僕は寝床から出て身支度を整える。玄関の郵便受けにはチラシが投げ込まれていた。大手古本屋の開店のお知らせで、割引クーポンも付属していた。そうか、工事をしていたのは知っていたが今日がオープンだったか。


 もしかしたら、いい出会いがあるかも知れない。それは本だろうか、人だろうか。その期待はたいてい裏切られるのだが、それでも構わない。僕はチラシをポケットに突っ込み、家と車のキーと、買い置きしていた菓子パンとペットボトルのお茶を手に、玄関のドアを開けるのであった。

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