第24話 運動会の白い旗

 小学校の運動会が秋ではなく春になったのは何年くらい前からだろう?

 私が小学生の頃はまだ体育の日あたりに運動会があった気がする。

「お母さん、ちゃんとビデオカメラ、持ってきてくれた?」

 七坂小学校では運動会当日、家でお弁当を用意して父兄と生徒で昼食を取るか、配送センターのお弁当を教室で食べるかを選択できる。

 運動会の開催日が土曜日なので、観覧に来れない父兄もそれなりにいるためだ。

 かくいう我が家も夫は出勤日のため、私だけの参加となった。

 お友達と教室で食べるのも思い出になるかと思って、どちらがいいか息子に確認してみたところ、

「お弁当とビデオカメラ持ってきて!30倍ズームできるやつ!」

 と、指定された。

 お弁当よりビデオカメラがメインだった。

「出るの、徒競走と創作ダンスと綱引きだったっけ?」

「クラス全員リレーにも出るよ、一応」

 息子は運動が得意でも不得意でもない。好きか嫌いかでいうと、やや苦手かもしれない。

 誰かに勝つぞ、という気合いを入れるのが苦手なのだそうだ。

 お化けが出た時、素早く駆けつけられるようにと練習していた時期もあったが、お化けには消えるという卑怯技があるから無駄だと気づいた、と真顔で語って止めてしまった。

 それでも平均くらいの速さはあるようなので、普段撮り慣れない私で無事撮影できるかと不安だと呟くと、息子は違う違う、と手を振った。

「別に僕は撮らなくていいよ。あ、お父さんが見たがるかもしれないから、ちょっとだけ撮ってもいいけど」

「え?じゃあ、何を撮ればいいの?」

「旗!」

 元気よく言われて思わず首をかしげる。

 旗とは運動会の時に飾られる万国旗のことだろうか。

 前の前の小学校の運動会の時も校舎から校庭の各所に綱を渡らせて、万国旗が飾られていた。

 運動会の装飾の定番だろう。

 でもそれをわざわざ撮影するというのは……。

「七百七十七不思議なの?」

「うん!旗にイッタンモメンが混じってるんだって!あ、正確にはイッタンモメンじゃないかもしれないけど!」

 一反木綿は某アニメで有名になった定番妖怪のことだろう。

 ひらひらした長い白い布のやつだ。

「運動会の時、いつの間にかまっ白い旗が一枚だけ混じってて、よく見るとそこに人の顔が浮かんで見えるんだって。でも旗を下ろして一枚づつ確認しても、白い旗は見つからないし、どの旗だったかも分からないって」

 母はあまり妖怪に詳しいわけではないが、それはおそらく一反木綿ではないと思う。

 あれは空をひらひらと飛んでいたり、巻き付いたりするけれど、顔は……アニメではあったわね?

 でも他の旗と同じサイズなら、やっぱり違うような。

「それでその顔と目が合っちゃうと運動会で転けちゃうらしいんだけど」

「それ撮影したら、私が転けることにならない?」

「お母さんは保護者競技は出ないんでしょ?」

 確かに競技の参加アンケートには不参加にチェックした。

 とはいえ、少し不安にはなる。普通に歩いて転ける可能性もあるし。

「たぶん、顔を見つけて目が合っちゃって、びっくりして転けるんだと思うんだ。全体と引きとズームで一通り撮ってくれたら、運動会が終わってから確認するから!」

 息子は熱心にプレゼンを続ける。

 座ったまま、カメラをあちこち向けて撮影するくらいは別に構わないのだけれども。

「競技に参加している最中、白い旗を探したりせず集中するって約束するなら撮影してもいいわ」

 あと、息子が競技中はそちらの撮影を優先する。

 そう告げると息子は目を見開いて、しばしの間、葛藤していた。

 おそらく、自分の目でも見たいと上を向いて走るつもりだったのだろう。

 正直、旗の顔と目が合おうが合うまいが、よそ見で走っていれば足もとられるし、他の子にぶつかったりして本人だけじゃなく周囲も危ない。

 そう言い聞かせれば、そのことに思い至ったのか、反省してしょげかえった。

「ちゃんと集中して参加するし、自分も周りもケガしないように気をつけるから、僕が走っている時もちょっとだけ、旗も撮影して……」

 お願いします!と手を合わせて頼まれたので、もし競技に集中してなかったら撮影したデータを消すことを条件に撮影を引き受けた。

 とはいうものの、私の撮影技術など、カメラの手振れ補正に頼りっきりのお粗末なものだ。

 試しにと室内をぐるりと撮った動画を息子に見せたところ、その日からカメラの機能についてや三脚の使い方の勉強をさせられることになった。

 その勉強の成果については、後日撮影した動画を見た息子が

「お父さん……!お父さんが運動会に来てくれていれば……!」

 そう悔しがっていたことでお察しいただければと思う。

 30倍ズームで風にはためく旗をブレずに撮るのは素人には難しいということを学んだ一日だった。



46、運動会の白い旗に浮かぶ顔

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

学校の七百七十七不思議 秋嶋七月 @akishima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ