第5話 祖父母
蕎麦屋を出て、周作達が向かったのは、古い民家。
「こ、ここは、私の祖父母の家……」
中村が戸惑う。
「うん。残念だけれども、今までの話を総合して考えれば、この人たちが一番事情を知っている」
周作が、浮かべる笑顔は、涼やかだがどこか悲しげだ。
「そんな……なんで?」
中村が愕然としている。
「だって、考えてもみてよ。どうして、実の一人息子が失踪して、悲しむだけで、祖父母は探す努力をしようとしなかったの? どうして、お父さんは、そんなに交通遺児のボランティアや炊き出しに積極的に参加していたの? どうして、そのホームレスは、この辺りをうろついてすぐいなくなってしまったの? 考えられる違和感をつなぎ合わせて出来るストーリーは、ただ一つ。だから、僕は、中村さんの祖父母の戸籍を取り寄せてみたんだ」
周作が見せた紙に、中村が目を丸くする。
「お父さん……一人っ子ではなかったの?」
「そう。ここに書かれている通り、お父さんには、歳の離れたお兄さんがいる。だが、祖父母やお父さんは、その存在を隠していた。どうしてか、分かる?」
得られている情報は……中村は、考える。
「まさか、ひき逃げしてそのまま逃走してしまったとか?」
「うん。お父さんが、あれほど交通遺児のボランティアに熱心で、人の嫌がることも率先していたのが、兄に代わっての罪滅ぼしだったとすれば、うなずける」
「じゃあ、じゃあ、ひょっとして、あの揉めていたホームレスって……」
元子が、慌てる。
「そう、たぶんお兄さん。行方不明の兄を探すために、ホームレスに接触するようなボランティアをしていたんだよ。いつか、出会えたら、遺族に謝罪するように説得するため……かな? 揉めただろうね。行方不明になってまで、逃げていたお兄さんが、そんな話に応じる訳ないし」
中村を見つめる周作の目は優しい。
「とにかく、推察だけでは、話にならないよ。事情を正しく知る人物に、説明してもらおうよ」
周作は、そう言って、中村の祖父母の家のインターフォンを押した。
祖父母は、中村の声を聞いて、すぐに玄関の引き戸を開けて、中から出てきた。
元子と周作を見て、人の良さそうな小柄な老人たちは、一礼する。
「この人たちは、私の先輩刑事なの。赤野周作さんと木根元子さん。」
中村が周作と元子を紹介する。
刑事と聞いて、中村の祖父の肩がピクンと細かく震えるのを、周作は見逃さない。
不安気に、祖母は、祖父の袖を掴んでいる。
周作達の通されたのは、座敷。庭には、手入れの行き届いた木が風を受けてそよいでいる。
広い庭。先祖伝来の土地なのだろう。
田舎であるこの地域には、こういった広い敷地に住む年寄りは少なくない。
先祖代々受け継いだ土地にそのまま、素朴に住んでいるのだろう。
座卓には緑茶が並べられ、床の間側に、祖父母が並んで座る。
「良い家ですね」
周作がゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「ええ。まあ……古い家ですが、気に入っています」
周作の言葉に、警戒しながら祖父は答える。
「中村さんのお父さんは、この家で育ったのですか?」
ニコリと周作が笑う。
「はい。もちろんです……」
「この方も?」
周作が、そう言ってスッと見せたのは、あのホームレスの写真。
男の顔を、拡大して祖父母の前に差し出す。
あっ、と小さな悲鳴が、祖母の口から洩れる。
「ちゃんと……ちゃんと話して!!」
中村の、心の底からの言葉。
座敷に沈黙が流れる。
「申し訳ありませんでした」
中村の祖父母は、泣きながら頭を下げた。
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