第3話 ボランティアセンター

 あれから数日後に、中村が連絡したボランティアセンターの職員と話ができる機会を得た。中村の父親の所属するボランティアセンターは、人の入れ替わりが激しく、当時のことを知っている人物は少ないが、それでも、センター長は、熱心に活動する中村の父のことをよく覚えていてくれた。


 今日は、一緒に活動することの多かった男性一人と、そのセンター長が会ってくれることになっている。


「だから、何で元子まで一緒に来るの?」


本当は、元子には、自分が抜けた後の業務を何とかしてほしい。このまま、元子が付いてくるようなら、事件は解決しても、周作の机の上には、未処理の書類が山積みになってしまう。


「だって。色々心配なんだもの……」


元子が歯切れの悪い言葉を吐いてうつむく。

 意味が分からない。

 そもそもこの案件を周作に向けたのは、元子だ。


「まあ、いいよ。事件が解決したら手伝ってよ? 書類」

コクコクと元子が首を縦に振る。


 センターの会議室、しばらく待てば、センター長と、もう一人の男が現れる。


「センター長の石水いしみずと、当時から中村さんと仲良くしていた蒼永あおながさんです。……中村さんについて聞きたいって、お嬢さんに連絡を受けまして。……中村さん、まだ戻ってきていないんですって?」

センター長の石水が、心配そうに中村に聞く。


 もう七十歳くらいだろうか。すっかり白くなった頭の石水は、ボランティア活動で日々動き回っているからか、年齢の割に元気そうだ。

 もう一人の男、蒼永も、定年退職してからボランティアに興味を持ち始めたということで、白髪の混じった薄い頭を掻きながら、人の良さそうな笑顔でニコニコしている。



「早速なのですが、『話し合わなければ』というようなことを、中村さんはおっしゃっていたようなのですが、心当たりはありませんか?」

周作が尋ねれば、石水と蒼永は、困ったように顔を見合わせる。


「それが、全く心当たりがないんです。ボランティアのメンバーとは、中村さんは、本当に仲良くやっていましたし、人の嫌がるような仕事も率先してやってくれる中村さんを、皆、信頼していたんです」


「ボランティアを受ける人との争いも無かった?」


「それは、ちょっとした言い争いは有りましたよ。我々のサポートを希望する人は、本当に切羽詰まったギリギリの人も多いですしね。『偽善者が!』とか『お前らに、俺達の気持ちがわかるか!』と怒鳴る人もいらっしゃいます。でも、そんな事は、中村さんはちゃんと承知して活動してくれていましたしね」


「どんな内容の活動でしたか?」


「交通遺児に対する募金活動や、ホームレスへの炊き出し。後は、そのための資金を得るために、企業を回って援助を求めたり、不用品を集めてのバザーを開いたり。後は、炊き出しの為の買い出しや、交通遺児へのクリスマスプレゼントの購入……中村さんが参加していた活動といえば、そんな感じですかね?」

蒼永が思い出しながら教えてくれる。


 蒼永が持ってきてくれた写真には、ホームレスに食事を提供する様子、クリスマスの催しで子ども達を遊ぶ姿が写っていた。


「お父さん楽しそう……」

中村が、家庭とは違う父親の姿に目を細める。


「ああ、そうだ……中村さんが失踪する一週間ほど前の炊き出しで、ホームレスの男と、何か言い争っていたのは見ましたね。普段は穏やかな中村さんが珍しいな、とは思ったのですが、どうしたのか聞いても、教えてくれなかったですし、争いと言っても、些細な小競り合いレベルでしたけどね」

蒼永が、思い出す。


「その男は、今でも炊き出しに来ますか?」


周作の言葉に、蒼永は、首を横に振る。


「いいえ。元々、そう言った方は、入れ替わりが激しいんです。ここのボランティアセンターでは、特に利用者の名前も聞きませんし」


「写真の中に、その男は?」


「ええっと待って下さいね。探してみます」


蒼永とセンター長が、写真をめくって、中村と言い争っていた男を探す。

しばらく写真をあさっていた蒼永の手が止まる。


「この男ですね……間違いありません」

蒼永が渡してきた写真には、ホームレスの行列が写っていた。


 その列に並ぶ男の内の一人を、蒼永の指が示している。


「小さいわね……この写真、データはあります?」


元子が写真を受け取って、男の顔を睨む。

 データがあれば、引き伸ばして、男の顔をもっと明確にすることも可能だろう。


「ええ。たぶん。家に帰れば」


「では、それをこのアドレスに送って下さい」


 周作が連絡先を渡せば、蒼永は、快く了承してくれた。

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