第4話 蕎麦屋


 ボランティアセンターで聞き込みをした後に、周作達は、「お腹が空いた」と主張する元子の意見を取り入れて、昼食を取る。


 昼食の場所は、センターの近くの蕎麦屋。

 小さな店は、地元密着型で、近所の家族連れが、座敷の席で楽しそうに従業員のおばちゃんと話をしている。そんな穏やかな空気の流れる下町の店だった。


 元子がかつ丼定食を注文し、中村がキツネうどん、周作は天ざるを注文する。


「遠慮しないでもっと食べればいいのに。ほら、元子みたいに」

周作が中村にそう言えば、一言多いと、元子が周作の背を叩く。


「いえ、でも業務の合間をぬってまで、父の事件を調べて下さっているのに、昼食まで奢ってもらってそんな」

中村が慌てる。


「いいよ、別に、気にしなくて。部署の後輩とご飯を食べる時に、奢らないのも変でしょ? 僕の先輩のくせに、それに便乗して平然としている元子が変なんだ」

ニコリと周作は笑う。


 だが、強制はしない。きっと、中村は、父親がまだ自分の傍にいた当時のことを思い出して、昼食に箸をすすめるどころではないのだろう。

 きつねうどんですら、食べるのに苦労している様子が見て取れる。


「だってしょうがないでしょ? 店に入ってから財布忘れたことに気づいたんだから。だいたい周作は、こんな美女二人と食事できるんだから、もっと喜ぶべきなのよ」

周作の嫌みに、すかさず元子が言い返す。


「それよりも、中村さん。お父さんのこと、やっぱりあの男が怪しいんじゃない?」

元子が、中村に話を向ける。


「ええ。私もそう思います。父は、理由もなく人と言い争う人ではありません。ほんの小競り合いかもしれませんが、あの方にお話を聞いてみたいです」

中村も、元子に同意する。


「でも、どこの誰とも分からないのよね……」

はぁっと、元子がため息をつく。


 ため息をつきながらも、元子のカツ丼定食を襲う箸は止まらない。

 中村と元子の会話を聞きながら、周作も箸をすすめる。

 近いからという理由だけで入った店だったが、コシのある蕎麦も美味いし、天ぷらもサクサクに揚がっていておいしい。サクッと軽い口当たりの衣の下には、ねっとりとしたレンコン。蕎麦ツユに合うように調整された塩分が心憎い。

 ナス、ハモと食べすすめて、どの天ぷらも美味しかった。


「さあ、行こうか。蒼永さんからデータも届いたし」

全員が食べ終わったのを見計らって、周作が声をかける。

 

「行くってドコへよ?」

元子が怪訝な顔をする。


「決まっているでしょ? 詳しい事情を知っていそうな、あの人の所だよ」

周作は、ニコリと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る