第2話 雨の日の記憶

 次の日に、周作は、中村を連れて中村の卒業した高校を訪れる。

 写真と見比べれば、咲いている花に違いはあれども、校舎も校門も、当時のままだった。

 これで何かを中村が思い出してくれればいいのだが……。


「なんで元子までついて来るの?」


二日酔いで痛む頭を抱えて、中村に支えられている元子を、周作は睨む。


「仕方ないでしょ? さすがにあなたの部屋でグースカ眠りコケる訳にもいかないし」


いつも眠りコケているじゃないか。今更何をいっているのか。

仕事や用事で出かけて帰ってきたら元子がベッドを占拠していたということは、多数。その度に周作は、寝袋と銀マットで床の上に直接寝る羽目に陥っている。

どうして中村と周作が二人で捜査に出るのに元子がついて来たかったのか、周作にはサッパリ分からない。


 とにかく、元子に気を取られていれば、思い出す物も思い出さないだろう。

 周作は、元子を中村から預かって、元子を支える。


「元子……また、重くなった?」


周作がため息をつけば、元子が周作の足を思い切り踏んでくる。

当然のように周作が避ければ、元子が、チッと舌打ちする。


「あの、本当に付き合っている訳では」


「「ないね。こんな奴」」

周作と元子がほぼ同時に、中村に反論する。


「それよりも、事件の当日のことを思い出してよ」


「そうですよね。そのために来たんですから……ええと、あそこで写真を撮って……残念ながら雨が降っていたんで、そのまま人と話をすることもなく、帰ったんです」


昨日の夜に聞いた内容と同じ情報。さして新しいことはない。


「じゃあ、移動しようか。その日と同じように行動してみて」

周作がそう言えば、中村が動き始める。


 中村は、当時住んでいた実家に向かって歩き始める。


「雨で傘をさして歩いていたんですよね。本当、ついてないって母と父と私の三人でぶつくさ言いながらも、とても楽しくて」

当時を思い出しながら、中村が歩く。


「中村さん……お父さんのこと大好きだったんだ」

元子の言葉に、


「はい」

と笑いながら中村が答える。

 

 こんなに仲の良い家族。いなくなった時の心は、どれだけの苦しみを抱えていたのだろう? 周作は、中村の心を想えば、胸が痛くなる。


 小さな教会の前を通れば、炊き出しをしている。

 無料で温かい食べ物を配るボランティアの人たちを見て中村の足が止まる。


 確か、中村の父も、ボランティア活動には、積極的に参加していたのではなかったか。


「あ……そうだ」

教会を見ていた中村が、当時のことを思い出す。


「父は、ボランティア活動に参加していました。それは、昨晩に言った通りなんですけれども、あの日、父は、雨の中で行われている活動を見て、ポツリと『話し合わなきゃな……』って言っていたんです」


「あら、じゃあ、行方不明になったのも、その話し合いに関連している?」

もはや自分で歩かずに、周作に背負われている元子が、中村の言葉に反応する。


「それは分かりません。だって、つぶやいただけですし。『話し合い』なんて物が、本当にあの時に行われたのかも分かりませんし。誰とどんな話し合いかも分かりません」

中村は不安気に答える。


「話し合いについて、その時は大して重大だと思わずに、それ以上はお父さんに確認しなかったのかな?」

周作が聞けば、コクリと中村が首を縦にふる。


「後で、確かめてみようよ。ボランティアをしている様子を見て、『話し合わなきゃな……』とお父さんが言ったなら、お父さんが参加していたボランティア団体の人ならば、もっと明確なことが分かるかもしれないよ」


極々細い手がかりの糸。

入学式の帰りに、ただ『話し合わなきゃな……』と呟いただけのこと。

だけれども、どんな細い糸でも、今は手繰って手がかりをつかみたい。


 その後、中村の実家まで、当時の足取りのままたどり着いたが、その呟き以上のヒントは得られなかった。

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