第4話 自己紹介の輪


「この先なにがあるかわかりません。どうせ何もすることがないんですし、情報交換はしておいた方がいいと思うんですよね。でも、強制じゃないですよ」


端正な顔立ちでにこりと微笑み、彼は堂々と発言した。


「俺は中川悠っていいます。二ツ橋大学に通っている大学生で、法学を学んでます。では、自己紹介してもいいよって人はしてください」


数秒の沈黙の後、小さく手を挙げたのは痩せた男だった。


「飯田清雄っス。配達員やってます。趣味は_そうっスね、ネットサーフィンっス」


次に手を挙げたのは、かっちりとしたスーツを着た男だ。


「佐藤博一です。教師をしています。以上です」


その次は、桜陵高校の制服を来た男子だ。


「え、えっと。高橋_康生です。高校生です。よろしくお願いします」


高橋という男子の自己紹介が終わると、一旦沈黙が訪れた。数秒後にある男がきょろきょろと目を動かし、自分の番だと認識すると彼は話し始めた。その男こそ、愛美ちゃんを汚そうとした痴漢男その人だった。


「臼井です。AAA証券で働いていて、鉄道オタクです」


想像していたより常識がありそうではっきりと話す人間だった。てっきりもっとねっとりとした喋り方をする男なのかと思いきや、その予想を大いに裏切られた。また、その言葉に反応したのは、隣にいた佐藤という男だった。


「大手ですね。そんなエリートの方がここにおられたとは驚きました」

「いえ、恐縮です」


エリートとされる男が愛美ちゃんに痴漢をしていたのか。いや、まだあいつが痴漢男だと決まったわけじゃない。人違いかもしれない。


時計回りに自己紹介は進んでいる。次の番である人に対し、臼井は視線を目配せした。床に座り、異様な雰囲気を纏っていた男は俯いたまま無視している。答えないのを察してその次に話し始めたのは、唯一の女子だった。


「桜陵高校2年、米津春香」


桜陵高校の生徒が2人。愛美ちゃんと同じ高校の生徒だ。高橋という男子は知らないが、米津はなんとなく覚えがある。愛美ちゃんから「春ちゃん」と呼ばれている女の子だ。


その次に一言を発したのは見るからに陰気な青年。


「…佐々木拓也」


名前だけを告げて黙った。皆の視線の先が佐々木からある人物へと向かう。しかし、相手に視線は合わせない。彼は言葉を発した。


「工坂 健太 で す。前科 あり ます。よろ しく」


断片的な話し方をしている工坂は、先ほどストーカー野郎と罵られていた男だ。鋭い眼光が彼の前髪から垣間見える。前科があることを堂々と言い放つ彼は一体何者なのだろうか。そして、ストーカー野郎と罵っていた方の男が渋々自己紹介をした。


「フリータやってます。名前は和田涼介で、コンビニバイトで生計立ててます。この人は_バイトの子にストーカーをして出禁になった人です。関わらない方がいいと思いますよ」


俺の前に残ったのは2人。どちらが先に言うかを目配せしながら考えているようだ。


「小野正です。職業は警備員です」

「あー、藤田剛です。病院で働いています」


そして、最後は俺の番だ。一つ深呼吸し、奥まで届くようにはっきりと声に出して自己紹介した。


「鈴木昌樹です。企業に勤めてます。よろしくお願いします」


計12人。

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俺は愛美ちゃんを愛してる 充滞 @advance1760

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