第6話 三月の雪

 お父さん、お母さんへ


 お母さんがお腹にはりを感じ、まさに今だと、病院まで歩いて行ったと聞きました。

 今より健康的だったのですね。

 それでも、「どんなお産にも油断は許されず、ひとりひとりが異なる」と姑のお祖母さんが伝えたことはお母さんも身に沁ると私に聞かせてくれました。


 五十余年も前のこと。

 しかし、一生に一度のことです。

 小さな雪が三月を選びました。

 私は綿のさらさらと降る中、苦しく長い陣痛じんつうの後、お母さんがひととして産んでくれました。

 低体重児で二千グラムもない私は入院しましたが、お見舞いに来てくれましたね。

 お父さんも賑やかに来てしまったのではないかと心配ですが。


 それを皮切りに飛び石の病院生活はもう始まってしまったのです。

 私の具合の浮き沈みは、佐祐さんの手厚い看護でここまで来ました。

 実家にも随分と寄り掛かったことも認めます。

 今なお、夫は信じてくれた上で、寛解かんかいにいたらなくとも対等に扱ってくれています。

 そろそろ安心してください。

 私は大丈夫です。


 お父さんは、咳に気を付けてください。

 お母さんは、栄養をつけて、夢見がいいといいですね。


 お母さん。

 お母さん。

 お母さん。


 ママを分かりますか。

 奇跡的に樹とひなを授かりました。


 私は、ママとして、生きている存在だけが大切なようです。

 お母さんが教えてくれた小さな優しさが私にもあるように願っています。

 心に余裕があるのなら、ハグをして背中を擦って、ママの気持ちを伝えたいと思います。


 三月の宇都宮は寒かったでしょう。

 あんなに小さかった静江が銀婚式も過ぎ、病気を包み込む程理解ある夫に恵まれています。


 幾度目かのお誕生日です。


 私のお祝いをするのなら、ひなの通院に充てたいと思います。

 病気は辛いよね。

 お母さんもママもひなも病弱な所、似てしまいました。

 話の続きができるひとには、尚更、声を掛けたいと思います。


 林檎のような子ども達の幼い日々が瞼に浮かびます。

 後悔も喜びも。


 私は両手を十字に伸ばすから、青春の雫をあたためさせてください。

 嫌でなかったら。

 もどかしいママでも赦してくれるなら。


 静江より

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