第5話 モモンガより闇へ
本年三月、佐祐さんに布団に入れて貰った。
この頃も疲れている彼の背中に、休んでいたいのかと思うと声も掛けにくい。
「この歴史番組、今日は誰かな」
「さあ? 色々」
話が盛り上がるときもあるけれども、何もないときは、風ひとつない。
昨夜のことだ。
佐祐さんはいそいそと枕カバーを几帳面に直し、マントを翻すように、布団に潜ろうとした。
私は入れるとも思わなくて、訊いてみる。
「今日はビール何本飲んだの? もう寝るんだよね。お布団、空いてるかな」
モモンガみたいに布団を開けて、ドヤ顔をされた。
「いいの」
特に言葉もなくモモンガのドヤ顔で待ち構えられる。
ふわふわとした気分になってお誘いに乗った。
「お布団あったかいね」
◇◇◇
丁度その日は、食卓で
高校を出て大学の寮にいたころ、胸にしこりに気付き、その旨を両親に話すと、まさかの反応に驚く。
「お母さんがね、傷を作るなと手術に了承してくれなかった。そうしたら、一年もする内に腫れあがってしまい、大きくなった
母の反対で色々なことができなかったことは多かった。
逆にできることもあったが。
その日は味噌漬け豚肉を食べていた。
「手術の帰り道、片道二時間かかる半ばで、お父さんが今川焼きを買って来てくれたのね。でも、テープが剥がれて傷口は開いて血まみれ。直ぐに病院へ戻って夜間救急で診て貰うと、昼間の医師が担当だったので、今度は縫って貰ったんだよ」
私は婦人病も多い。
子どもとママを守る為に子宮にメスは二度入る。
東日本大震災のとき、入院していたが、その頃に
その決断をするときだ。
「手術をすると、子どもは無理ですが、いいですか」
「それは、夫に訊いてみないと分からないです」
「僕は、あなたに訊いているのです」
そんな風に決断を自分がするのは、とても珍しいことだった。
とても印象的な医師とのやりとりで、忘れられない。
◇◇◇
さて、モモンガにあたためられていると、ほっこりする一方、こうしてばかりではいけない気がして来た。
「寝付くまでいたら悪いから」
隣に敷いた自分の布団に戻る。
◇◇◇
今日は土曜日だが、月に一回、半ドン中学校がある。
寝床で朝のことを思い出していた。
毎日、登校の意思確認をしている。
もしかしたら、今日は行くねと髪でも結っているかも知れないからだ。
「ひな、学校だよ」
最初は、難聴の私に聞こえない音で呻く。
「私なんか要らないんだ」
段々エスカレートして行く。
大きな声で、空気に向かって怒鳴ったり、体を掻きむしったりと心身ともにストレスを自制できないようだ。
兄が自室から出て来た。
「うるせーよ! お前ばっかり学校行かないって、僕だってがんばれるんだよ。どうすんだよ。将来高校だって行けないないだろう」
この位になると、佐祐さんへの通信アプリがバンバン鳴っているらしい。
ひなの困ったことや樹の兄ならではの悩みが爆発している。
それに加えて、仲裁の下手くそな疲れ切ったママからの困った連絡ばかりが押し寄せる。
ドミノ倒しのようだ。
佐祐さんはよく私に言い聞かせてくれていた。
「死んだら痛いよ。死んだ先のことは分からないんだ」
それは、娘のひなにも通ずる。
時折、ハグを求められるので、私より大きな娘を抱き締めたりしていた。
きっと、苦い薬よりあたたかい。
爆発を抑えられるのであれば、娘の河を母の河に注いで欲しいと思った。
「今晩は、ママがモモンガになろうかな。ひな」
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