第189話振り回され続ける
「アルフレッド様。こちらが本日のご予定となります」
「ああ。父上はどうされている?」
「当主様でしたら、王都での用事は全て済んだとしてすでに領地へとお戻りになられました」
「もう? 早いな。いや、早くしたのか」
住所不定かつ、裏の住人の頭目などをやっていた日々から一転し、俺は王都にある公爵邸にて当主である父の代わりに机に向かって仕事をする日々を送っている。
普段暮らす場所は当然ながら公爵邸だし、以前仮の居住地としていた揺蕩う月のアジトには父との決闘後に一度行ったきりで後は行くことができていないが、連絡はとっているし、必要であれば支援もするつもりだ。
尚、連絡にはルージェが使われているが、仕方ない。何せ、足の速さであいつに勝てるものはいないのだから。あいつならば休憩を入れつつも二日もあれば揺蕩う月から王都までやってくることができる。そんなあいつを使わないわけがない。
ルージェのやつは文句を言っていたが、公爵家の力を使って堕落した貴族について教えることを条件として連絡員の役割を受け入れることとなった。
バイデントは本拠地をまた移し、今は王都の支部が本部となっている。こんな短期間にまた移動とは、忙しいことだ。
マリアは俺の護衛として正式に雇われて公爵邸で働くこととなった。以前のような荒事はないはずで退屈といえば退屈なはずなのだが、マリアは楽しそうな笑みを浮かべて生き生きしている。よほど騎士として真っ当に暮らすことができるようになったのが嬉しいのだろう。今までも騎士を名乗っていたが、俺は貴族ではなかったし、モグリと呼べる状態だったからな。
そして最後に、スティアについてだが、当然ながらあいつは帰った。というか、なんだったら父とのあの戦いの前に帰っていた。しかし、それはそうだろう。何せあいつはこの国ではなく他国の姫だ。この国で騒ぎがあり、予定がなくなり留まっている必要がなくなった以上、帰るのが妥当な考えだ。
もっとも、帰る際に父親である国王が直々に出向いて、数人がかりで拘束して連れて帰ったのは印象的だったが。
だが、そうして諸々の整理をつけた俺は執務をとる日々を送る事になった。
だが、まだ実際の当主は父であるため、手続きや顔つなぎ等をする必要があり、しばらくはこの公爵邸に留まっていたのだが、それも終わり数日以内にはトライデン領に帰還する予定だったのだが、どうやらもうすでに出立したようだ。おそらく、それだけ俺と共に居たくなかったのだろう。
「改めて、お戻りになられたことお喜び申し上げます」
「ああ。まあ、戻ってくるつもりはなかったのだがな」
「これも、アルフレッド様の努力の結果でしょう」
「努力というよりも、流れでそうなったといった方が正しいような気もするがな。特に、オルドスが気を利かせなければそこらの爵位を受けて終わりだっただろう」
「その時は、私を含めまして使用人一同アルフレッド様の元を訪ねたことでしょう」
「公爵家の使用人という立場を捨ててか?」
「はい」
なんとも重い忠誠だな。だが、その忠誠に応えなければならない。これが俺の選んだ道なのだから。
「……それにしても、本当に戻ってきたのだな」
「お疲れ様でした」
「思えば、色々とあったものだ」
この家を追い出されてから本当に色々あった。まだ二年程度しか経っていないはずなのだが、その数倍の時間を過ごしたようにすら思えるほどだ。
『〜〜〜〜〜! 〜〜〜!』
などと考えていると、何やら遠くで騒ぎが聞こえてきた。これは……もしやうちの前か?
「アルフレッド様。御面会の約束などはされていらしたでしょうか?」
「面会? いや、今日は何もなかったはずだが」
……待て。なんだか覚えのある感じがしてきたな。この感覚は……そう。揺蕩う月に滞在していた時に感じた——
「失礼いたします。アルフレッド様。その、あなたの婚約者だと叫ぶ者が表にいるのですが、どうしましょうか?」
告げられたその言葉を聞き、俺は片手で目を覆い、天井を仰いだ。
婚約者。実際に俺に婚約者が存在しているわけではないが、その言葉に当てはまりうる人物が二人ほど思いつく。
だが、こうして騒ぎになるような方法でここを訪ねるのは一人だけだ。
「……はあ。……一応聞くが、そいつは金の髪をした獣人の女性か?」
ほぼ間違いなくそうだろうなと思いながらも、何かの間違いで別の人物であってほしいと願いつつ問いかけた。もっとも、実際に別の人物であればそれはそれで面倒になるのだが。
「はい。左様で。……よもや本当に婚約者の方で——」
「それはない。だが、知り合いではある。構わん、客間に通せ」
「かしこまりました」
心なしか楽しげな声音で問いかけてきた部下の言葉を遮り、指示を出す。
「なぜあいつがここにいる……」
本当になぜだ? ネメアラに帰ったのではなかったのか?
「厄介な相手なのでしょうか?」
「厄介と言えば厄介だが、敵ではないな」
ただ少し対応が面倒で、騒がしい奴だというだけだ。
「まあいい。あの阿呆のことだ。どうせどうでもいいような理由だろうが、対応しないわけにもいかん。最大限の礼を尽くすように伝えておけ」
あんなやつでも一国の姫だ。ぞんざいな扱いをして騒がれでもしたら面倒だ。あいつの場合はそのようなことで騒いだりはしないだろうが、自身の意見を通すためにそれを利用することは考えられる。
「承知いたしました。……ですが最大限とは、いったいどちら様なのでしょうか?」
「おそらくだが、俺の知っているやつであれば——ネメアラの姫だ」
そうきいて驚いた部下を尻目に立ち上がり、姫に会うに相応しい装いをすべく準備し始めた。
こういうことをしなくてはならないから面倒なのだ。まったく……来るなら来るで先に知らせの一つでも入れておけ。お前は王女だろうに、礼儀作法はどこへ行った。
——◆◇◆◇——
「あっ! やあっと来たわね! もうお茶のおかわりしちゃったじゃない」
準備して自称婚約者の待っている部屋へ向かうと、そこでは思っていた以上にくつろいでいる阿呆がいた。
最近はまともな貴族の相手ばかりしていたので、ことさらこいつの振る舞いが無茶苦茶で、そして自由に感じられる。
「そうか。それはよかった。我が家の茶は美味かったか?」
「んー、まあそこそこ? お茶うけは美味しいんだけど、お茶はあんましね。匂いはいいんだけど、味が薄くない?」
「……茶とはそういうものだ。酒やジュースとは違う」
「でもさぁ、匂いばっかり期待させて味が薄いって、なんかむかつかない?」
「水よりマシだろう。黙って飲んでいろ」
揺蕩う月にいた時は、茶すらまともに飲むことができない日もあった。水や白湯で誤魔化す必要があるくらい状況が悪かったのだ。最後の方はそのようなこともなかったが、それでも当時に比べればまともな茶が出てくるだけマシだろう。
「それで、今日は何の用で来た」
「んまあっ! ひどいわ。せっかく婚約者が直々に来たっていうのに!」
スティアは不満そうに眉を顰めつつ、大袈裟なくらいに驚いて文句を言ってくるが、その振る舞いに付き合うことなく淡々と話を進めていく。
「お前と婚約をした覚えはないのだが?」
「え? でも私のこと嫌いじゃないでしょ?」
「……それとこれとは話が別だろうに」
確かに嫌いではない。だが、婚約となれば話は別だ。それは以前から言っていたと思うのだがな。
「それに、ほら。あれよ。あんた最初に言ってたじゃない? 私みたい可愛いお姫様と結婚するには、今の自分じゃ身分がどうたらって」
……言ったような気はするな。もちろん『可愛い』などと口にしたことはなかったはずだが、意味合いとしては同じことは言った気がする。
「多少俺の言葉が捻じ曲げられている気がするが、そういった事を口にした覚えはあるな」
「でしょお〜? だったら、今ならどうよ?」
「なに? 今だからなんだと……いや、そうか。状況が変わっているのか」
「そうそう。あんたは公爵としての立場を手に入れたんでしょ? だったら身分的な問題とかなくない?」
言われてみれば、確かにそうだ。
あとは大事なのは俺に結婚する意思があるかだが……
と、そこでふと気がついたことがあったので問いかけてみることにした。これは決して話を逸らすためなどではない。……ない。
「そもそも、お前護衛はどうした。報告ではそのような者は報告されていないし、今も見られないが……」
以前は一人で行動していたから特に気にしなかったし、ここに来たと聞いた時も、ああまたか、くらいにしか思わなかったが、よくよく考えればこいつは姫なのだから護衛がいるはずだ。実際、天武百景の折にはしっかりと護衛がついていた。
にもかかわらず今は一人でいるということは……
「ああ、うん。置いてきたわ!」
「……予想はしていたが、また逃げ出したのか」
予想通りと言えば予想通りだが、それでいいのか、姫よ。
「違うわよ、失礼ね。護衛達が私の行動についてこられなかっただけだってば」
「どちらにしても同じだろうに」
「今回はちゃんとどこに行くって教えてから出てきたわ! だから、あと数日もすればここに来るんじゃない?」
「また面倒な……」
非公式なものとはいえ、ネメアラから人がやってくるということは、それ相応に対応しなければならないということだ。そしてその滞在場所としては、ウチのような高位貴族家か、あるいは王宮だが、こいつが姫であることを考えると王宮の方が相応しいだろうな。
「城へ話は通してやる。そちらに滞在して、護衛が来たら帰れ」
「い・や」
だが、俺の提案は一瞬たりとも考えた様子もなくすげなく断られた。しかも、人を馬鹿にするようなおかしな顔で。
……これがこいつではあるが、久々に接するとなかなかに苛立ちがあるな。
「ってわけで、勝負しなさい!」
「なぜそうなる……」
「欲しいものがあれば力でとる! それがネメアラの考え方よ。強い者が正しいの!」
そう言いながら立ち上がり、ボクシングのように拳を構えて片方の拳を突き出してきた。
「ここはネメアラではなくリゲーリアで、俺はリゲーリアの所属なのだが?」
「でも身分的には私の方が上じゃない。だったら私の言葉を優先すべきでしょ!」
それは……まあ間違いではないのだが……色々と間違っている気がするのは気のせいだろうか?
「それに、私も後がないのよ……」
「後がない?」
「ほら、元々私ってば国に居づらい立場だったでしょ? いつまでも城にいるとそれはそれで面倒なのよね。パパからも、あんたのことを捕まえなさいって言われちゃったし……さっさと結婚しちゃおっかなって」
「その相手に俺を選んでいただいたのは光栄ではありますが、事が国を超えた話ですので一旦城へと話を持っていっていただければと存じます」
「なんでそんな変な言葉遣いになってんのよ。も〜。冗談やめてよね。こっちは真剣なんだから」
別に冗談ではないのだが?
「わかったわかった。それじゃあ、手合わせしましょ」
は? ……手合わせだと? なぜそんな考えになったのだ? 手合わせして勝ったら婚姻を結べと強要してくるつもりか?
「ほら。結婚とか抜きにしても、私あんたと戦いたかったのよね」
「なんだ。俺はそんなにお前に恨みを買っていたか?」
「え? ああうん。あんたに対する恨みならいっぱいあるわよ。お菓子くれなかったこととか、アホって言いながら頭叩いてきたこととか、私の話を無視したこととか……」
どれも恨みと呼ぶには大分物足りないようなどうでもいいことではないか。
「でもそういうんじゃなくってさあ。天武百景って、なんだかんだで途中で終わっちゃったじゃない? 瀬えっかく楽しみにしてたのに、あんな半端な形で終わって、次はまた何年か後だからそれまで待ってろって……いや、それまで待てるかー! って感じなのよね。だからぁ〜……」
それは……まあ確かに俺も思わなくもないな。今でこそ結果的に貴族として、元々の地位を取り戻す事ができたが、だからと言って心の底から満足しているのかと言われると、微妙なところだ。できる事ならば天武百景に優勝して堂々と手にしたかった、という思いはある。
拍子抜け。まさしくその感覚を覚えていたのは事実だ。
「ね? 一緒に|戦い(あそび)ましょうよ!」
こちらに突きつけていた拳を広げ、手を取るように促してくるスティアの表情は、俺が断るとは思っていないのだろう。とても楽しげな笑みを浮かべている。
「はあ……仕方ない。だが、この結果がどういったものであれ、お前との婚姻には関係ないぞ」
「わかってるわかってるって。そんなこと、今はどうでもいいから楽しければそれでいいの!」
スティアの手を取ると、その手を掴んだスティアは強引に引っ張って俺を立ち上がらせ、歩き出した。
「ってわけで! ほら立って立って。はい、お手を拝借。それじゃあ——レッツゴー!」
貴族として戻ったにもかかわらず、またこうなるのか。
俺はいったい、いつまでこいつに振り回されるのだろうな?
——完——
聖剣如きがフォークに勝てるわけがないだろう? 〜秘伝の継承に失敗したからと家を追い出されたけど最強なので問題なし〜 農民ヤズー @noumin_00
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