第188話父と子
ロイドの件が終わり、次は今回の戦いのメインとも言える相手——トライデン公爵である我が父と向かい合って立っている。
俺たちの間に因縁がある事を理解しているからか、向かい合って一分は経過したであろうに誰も声を発することがなかった。
これはきっと、せめて会話の一つでも行えとオルドス辺りが気を利かせたのだろう。このまま戦っておしまいでは、お互いに因縁にけりをつけきることができないかもしれないから。
「——よもや、このようなことになろうとはな」
それを理解していたのか、それとも純粋に話そうと思ったのか、目の前に立ち俺のことを睨んでいるトライデン公爵が静かに語りかけてきた。
「私としても、まさかと驚いているところです」
これは嘘偽りない思いだ。まさか、家を追い出された俺が、こんな形で父と再会し、戦うことになるとは思いもしなかった。
「……あの時、慈悲などかけずに殺しておけばよかったと後悔しているぞ」
「慈悲、ですか。あれは慈悲などではなく、その方が父上にとって都合が良かったからなのではありませんか?」
あの時俺を殺さなかったのは慈悲などではない。俺を殺すとその後が面倒なことになったから殺さなかっただけだろう。あるいは、俺を殺すことそのものが難しいと判断したか。これでも、暗殺者如きには負けないだけの能力は持っているつもりだし、そのことは公爵も理解していたはずだから。
だが、そんな俺の言葉を聞いて公爵はぴくりと表情を歪め、憎々しげに口を開いた。
「生意気な口を……こうして向かい合ったからといって、対等になったと思っているのではなかろうな」
「そのようなことは思っておりません。父上は私などとは違い、六武の地位についている方です。であれば、対等になったなどと侮ることなど出来はしません。全力で立ち向かう所存です」
正直なところ、単純なカタログスペックだけであれば俺のほうが上だと思っている。だが、能力があったとしても所詮は若造。積み重ねてきた経験がない。
公爵がどのような人生をこれまで送ってきたのかは知らないが、それでも過去には研鑽の日々を送ったことだろう。その積み重ね次第では、多少の不利を覆すことも可能なはずだ。でなければ、継承したものとはいえど六武の座に着くことなど出来はしないのだから。
とてもではないが、対等だと思って戦うことなどできるはずがない。油断などすれば容易に喰われることになる。
「そのように思っている事こそが生意気だといっているのだ。立ち向かうだと? そのような思い上がりを許すと思うな」
だが、そもそも自分と戦いになると思っていること自体が不満無用で、公爵は魔創具であるトライデントを取り出し、構えた。
それをみて、こちらも対応すべく今回は最初からピッチフォークを取り出し、構える。
「これより、トライデン公爵とトライデン家当主候補アルフレッドの戦いを始める! それでは——始め!」
言葉を交わし、お互いに武器を構えたことで開始の宣言が行われたのだが、予想に反して公爵はいきなり攻撃を仕掛けてくるということはなかった。
「アルフレッド! 私が手を抜くと思うな!」
「では、こちらも全力で臨ませてもらいます!」
武器を構えたまま睨み合いが続き、一言交わしてからお互いに同時に走り出した。
そしてお互いに同時に突きを放ち、相手の突きを避ける。
公爵は突いた状態のまま薙いで攻撃を仕掛けてくるが、俺はそれを一歩引いて己の武器で上に弾く。
その隙を狙い、今度はこちらが突きを放って攻撃をするが、石突で弾かれる。
突きを放てば避けられ、薙ぎが来れば弾き、何度も何度も攻守を入れ替えての魔法を使わない純粋な槍術による攻防を繰り返していく。
基本的に公爵は、トライデン家に伝わっている槍術通り突きとともに薙ぎと払いも混ぜて攻撃を仕掛けてくる。
それに対して俺は払いはしても牽制程度で、基本は突きでの攻撃が主体だ。何せ使うのがピッチフォークだ。刃のついていないものでは、よほど上手く当てない限り薙いだところで大した攻撃にはならない。
そのためこちらの選択肢は狭まるのだが、これまではなんとかうまく対応することができている。
「そのような道具で、よく受け切れるものだな。相変わらず、才能は優れている」
「これでも才能だけではなく努力もしましたので。それに、使ってみれば意外と使いやすいものですよ。——このように」
「っ!」
お互いに槍で打ち合っていた合間に、一瞬にしてピッチフォークからただのフォークへと変化させる。
これまでは純粋な槍術だけを比べていたが、もう十分だろう。どうせこのままではお互いに決着などつかないのだから、別の力を交えての戦いに移行しよう。
先に魔法を使えば逃げたことになる、などという馬鹿馬鹿しいプライドもない。必要であれば変えるし使う。それだけだ。
フォークを手にした俺はそのまま止まる事なくトライデントの刃にフォークを噛ませ、横から衝撃を加えることで刃を叩き折ろうとした。
だが、相手もさるもので、伊達に六武筆頭などと呼ばれていない。咄嗟にトライデントを消し、俺から距離を取った。
それは判断としては正しいのだろう。武器を壊されれば、その破片を回収しなければ作り直すこともできないのだから、壊される前に引くと言うのは間違っていない。
だが、一瞬だけとはいえ武器を手放すことに変わりはない。
トライデントを止めていたフォークからピッチフォークに戻す事なく、そのまま公爵に向かって投げつける。
だが、消すのが一瞬であれば取り出すのも一瞬であり、投げたフォークは再び出現したトライデントによって弾かれることとなった。
公爵はそのまま攻勢に出ようとしたのだろう。右足を一歩踏み出し、体重をかけた。
その瞬間、弾かれたまま宙を舞っていたフォークが公爵のすぐそばで爆発した。
「ぐあっ!?」
全く意識していなかった方向からの突然の衝撃だったためか、公爵は体勢を崩し、その間に俺は駆け出して一気に間合いを詰める。
「っ……! 舐めるなあ!」
体勢を崩していたにも拘らず強引にトライデントを振る公爵。その刃を避けるために一歩分足を踏み出すタイミングをずらし、そのまま進みピッチフォークを突きだす。
だが、その先端が公爵に届くや否やと言うところで、俺と公爵の間で爆発が起きた。
お互いに距離が開いたことで、武器を構えたまま睨みあう。
持っている武器は似ていようとも違うもの。だが、その構えは全く同じものだった。
そのまま睨み合っていると、不意に公爵が口を開いた。
「トライデンの秘技、凌いでみせよ」
その言葉の直後、公爵の握っている槍——トライデントに、目に見えて魔力が集まり出し、渦を巻いてトライデントへと吸い込まれていった。
「っ! まさかここで!? くっ——」
トライデンの秘技。それは戦争時における対集団用の大規模破壊魔法。それをこんな国王がいるような場所で行うなんて……。
確かにこの戦いを観るにあたって守りはついているし、障壁も貼られている。だが、それがどこまで持ち堪えることができるかはわからない。
加えて、公爵だけではなく、それを迎撃すべく俺も同規模の魔法を使うのだ。その余波は、公爵が一人で魔法を使った時とは比べ物にならないだろう。頭に血が昇っているのか知らないが、このままでは他のもの達……国王陛下に怪我をさせることになりかねない。そうなればこの戦いの勝ち負けなど関係なくおしまいだ。
であれば……
どうすべきか一瞬で判断した俺は、公爵の攻撃に対応するべく急いで魔力を練り上げ、武器へと集めていく。渦を巻き、周囲にある魔力すらも飲み込んで強引に圧縮する。
そして、その直後……
「私はっ、負けん! 私がトライデン家当主なのだ!」
公爵の突き出したトライデントから炎の渦が溢れ出し、五つの首を持つ龍へと変じながらこちらを飲み込まんと襲いかかってきた。
熱を感じる前に迫る炎の龍。それが後数メートルというところまで近づいたところで、今度は俺の魔法が発動する。
突き出したピッチフォークからは大きな水の渦が溢れ出し、それは五頭の龍を外側から押さえ込むように広がると、徐々にその幅を狭めていきやがて一頭の大きな龍となって炎を喰らって進んでいく。
「ぐうっ、うおおおおおっ!」
頭を無くし、ただの炎となった魔法を、それでも維持し続けて押し返そうとしている公爵だが、それも徐々に押されていく。
そして……ついには全てを飲み込まれ、公爵自身も渦に飲まれて吹き飛ばされることとなった。
「父上。これで終いです」
吹き飛ばされてもまだ立ちあがろうとしている公爵の元へと近寄っていき、フォークを公爵の周囲に幾本も投げつけて動きを牽制してから話しかける。
自身の周囲に投げられたフォークを見て状況を理解した公爵は下手に動くことを諦めつつも、俺を睨みつける事だけは止めずに口を開いた。
「私は間違ってなどいない。トライデンは、強く在らねばならないのだ。そのためには、フォークなどというふざけたものを、認めるわけには……」
「最後まで自身の在り方を曲げない。やはり、俺たちは親子なのでしょうね。ですが……」
今回の戦いは俺の勝ちだ。
「それまで! 勝者、アルフレッド!」
新たに取り出したフォークを公爵に突きつけたところで、勝者の宣言が行われ、この戦いの決着となった。
「両者共に見事であった。流石は王国の盾と呼ばれるトライデン。その力があれば今後もこの国は安泰だと言えるだろう」
戦いが終わるとすぐさま国王陛下が俺たちの元へと歩み寄り、声をかけてきた。
「さて、公爵よ。分かっていような」
「……はっ。アルフレッドをトライデンの籍に戻し、一年ほどの引き継ぎの時間をいただき当主の座を譲りたいと考えております」
国王の前とはいえ、こうもすんなり話を決めた事に驚きを感じ、俺は目を見開いて公爵へと振り向いた。
「ほう。決闘で負けた以上は仕方ないではあるが……良いのか?」
「負けた以上は無駄にしがみつき、恥を晒すこともないでしょう。個人的な感情として気に入らない点はありますが、アルフレッドが優秀であることは認めておりますので、当主としても問題なく事を運ぶかと存じます」
「……であるか。ならば良い。其方の言う通りにせよ」
「はっ!」
国王と話している公爵の……父の様子を見ていたのだが、その表情は険しく俺のことを憎々しげに思っていることは事実なのだろうが、だがどこか安堵したような、そんな雰囲気を感じさせるものに思えた。
「『王国の盾』トライデンよ。そなたらの戦い、見事であった!」
こうして俺はトライデン家次期当主の座を再びこの手にすることとなった。
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