***

「♪〜〜♬.*゚〜」


 時は経ち、高校3年生の春。少し雰囲気がピリついて、進学や、就職に向けて準備を進め始める季節。井口彩は、動くことの無い体を車椅子に預け、光のない目でその先にある校舎を見つめた。まだ、この校門から見える景色も、校舎の色も、車椅子を押している人の顔もなにも知らない彼女は、上機嫌で鼻歌を歌って昇降口に向かっていく。


「もう3年生だな」


「この季節は好きよ。ねぇ、桜?……は咲いているの?」


「…………あぁ、満開だよ」


 彩は目が見えない。いや、それだけではない。手足は動かないから、車椅子無しでは何もできない。幼い頃、交通事故に巻き込まれ、使い物にならなくなってしまった。


とおる、桜は何色だったかな?」


「桃色だよ。ピンクとも言う」


「桃色……。ごめんなさい、桃の色も分からないわ」


「……もう教室に着くよ」


 初めて透が彩と会ったのは病院だった。服はボロボロで、全身血まみれになった彩が担架に乗せられた彩の姿は、心臓が止まるかと思うほどの重症だった。まだその日は初めて出会ったはずなのに、透はどうしてか動悸が収まらず、とにかく彩の安否が気になって仕方なかった。それだけに、無事だと聞かされた時はそれはもう喜んだ。それから会うことはまったくなかったが、高校生になり、車椅子を引く彼女に再び会うことになるとは思ってもなかった。


「お前らももう未来を真剣に見据える時が来た。進学するのか、それとも就職か、選ぶのはお前たち次第だからな。ちゃんと考えろよ〜?」


「「「は〜い」」」


 未来、先行き、将来、今後。

そんな言葉を聞く度に嫌になってしまう。きっと誰しもそうだろう。明日の自分がどうなっているかなど、誰にだって分かるはずがないのだ。先のことを考えるだけで今を生きるのが億劫になってしまう。でも、彩はきっとそうじゃない。

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