今日の天気はダイヤモンド

冬寂ましろ

* * * * *


 いつもの営業スマイル、いつもの営業口調で、女は目の前にいる若くして妻を亡くしたと言う男へ語りかけた。


 「こちらのパンフレットに書かれてますように、遺骨から炭素を抽出し圧力をかけることで、ダイヤモンドへと変えることができます。当社独自技術で、どこよりも大きく輝くものが作れます」

 「そのあとは……」

 「夜にロケットを打ち上げ、他の方々のダイヤモンドといっしょに、大気圏外から一斉に放ちます」

 「見えるんですか?」

 「はい。ダイヤモンドは炭素ですから燃えるんです。夜空を流れるたくさんの流星のように見えます。故人を偲ぶのに、すてきな光景になると思いますよ」


 嘘だった。夢があると励まされて始めた仕事なのに、関わる人々みんなが反対した。ゴミが増える。打ち上げるロケットは、この料金では確保できない。遺骨をダイヤモンドにする工場は信用してくれず引き受けてくれない……。


 女は思う。私はいつからこうなったのだろう。いまも表情を変えずに男を騙そうとしている。


 男がカバンを広げた。中から白い骨壷を取り出す。慌てて女が「それは契約後に……」と言う間もなく、テーブルの上にそれをドンと置いた。男は涙声で女に言う。


 「美和子も喜びます」

 「美和子?」

 「旧姓は筒美と言います。あなたとは大学で親しい間だったと聞いています」


 女はうろたえだした。それから絞りだすような声で男にたずねた。


 「いつ……」

 「半年前に癌で……。病床で言ってました。親友がすごい事業を始めたんだ。最後はそこでダイヤモンドにして空からまいてくれ、と」

 「そんな……。美和子に励まされたから始められたのに……、なのに……、私は……、なんてことを……」


 女ははらはらと泣き出す。瞳から流れ落ちる涙は、ダイヤモンドのようにきらきらとしていた。


 男は「どうか美和子の想いを」とだけ言い残して事務所を出た。

 しばらくすると男はコートのポケットからスマホを取り出し、電話を始めた。


 「良かったの、美和子姉さん? 彼女さん、すごく泣いてたよ」

 「ダイヤモンドってね、たまに磨かないと曇るから。これであの子もちゃんとすると思う」

 「直接言えばいいのに」

 「身も心も疲れきったいまの私が言っても仕方ないんだよ。あのときの私が、彼女に言わないとわからないから」

 「そういうもの?」

 「そういうもの。我が弟くんにも、いつかわかるよ。良い思い出はダイヤモンドに変わるんだ。硬く透き通ってキラキラとしていて……」


 自分が出したときのよりは、真実味のある涙声を聞きながら、男は夜空を見上げた。いくつもの星が暗闇を照らしている中を、流れ星がふたつ落ちていった。それはふたりの涙のように思えた。


 男はそのままぽつりとつぶやく。


 「今日の天気はダイヤモンドだな……」


-了-

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