「あ」で始まって「ら」で終わる人
頭野 融
第1話
「あれ、先輩、写真入んないんすか」
「うん、まあ色々ね」
夕方になったし散歩をしていてると、小さなサッカーコートのところに人が集まっている。何だろうと思って近づいたら、学科が同じ友達がその中にいて、呼び止められた。後輩のサッカー好きを集めたんだけどさ、人が足りなくて、ということらしくコートの中に引っ張られた。そういう流れで途中から一時間サッカーをして、さっき解散した。
「里田、あれだろ? 集合写真入んなかったの」
「うん。『あ』で始まって『ら』で終わる人」
こんな話をして私は家に戻った。散歩のつもりが結構いい運動になったから、晩ご飯は外食でもしてちゃんと食べようかな。いま、財布にいくらくらい――と思ってジャケットの右ポケットを確認するとぺしゃんこで、あ、と声が出た。さっきのコートに落としたのだろうか。上着とかみんな脱いでて、ぐちゃって端の方に重ねてたからなあ。多分、その辺に落としてきたのかな。まあ、とりあえず来た道を戻って探さないと。どうせ外食するなら外に出ないといけないし。
下を向きながら歩いたけど、結局何も見つからなくて、もうサッカーコートが見えてきてしまった。それにもう暗くなった。そんなにお金は入ってないと思うんだけど、学生証と免許証が入ってるんだよね。どこかに届けられてないかな。あれ、街灯の下に人がいる。近づくと目が合った。
「あっ、よかった、えっと山岸先輩のご友人の――」
「里田です。さっきのサッカーにいました――かね?」
「はい、それでこれが残ってて」
その手には私の財布があって、私が安心した表情をしたのか、よかったですと言われて差し出された。お礼を言ったあと、お礼だけじゃ足りないなと気付いて、ご飯に誘った。
「拾っただけなのに申し訳ないですよ」
「いやいや、本当に助かりましたし、今日は元々、外に食べにいく予定だったので、遠慮なさらず」
私がこう言うと、
「じゃあ、お言葉に甘えて――」
と恥ずかしそうな顔で返されたので、二人でファミレスに行った。
◆◆◆
「山岸先輩にも、先輩のおかげで里田先輩と仲良くなれましたって伝えたいですし、写真撮ってインスタに上げてもいいですか?」
テーブルの上の料理の写真を撮ったあとに、わざわざ許可を取ってくれるこの子は真面目だなあと思った。大体は、あとで見て、あ、上げられてる、と気づくというのに。しかも、この写真を上げようと思って――とアルバムを見せてくれた。その写真には私の袖が映っていたから、そのことを伝えてトリミングしてもらった。
「これだと、山岸先輩がピンと来なくないですか?」
「あー、じゃあ、今日、サッカーした先輩と~みたいに書いたら?」
私はなるべく角が立たないようにそう言って、カルボナーラに手を付けた。彼に色々言われるのはかなわないし、私も不安にはさせたくない。
◆◆◆
家に帰ってきてお風呂に入ったあと、ベッドに寝転んでスマホを見る。
「友達の後輩とサッカーした」
こう呟くと、数秒後にいいねがついた。そのあとラインで彼からスタンプが送られてきた。お決まりの、男の子が泣きそうな目で首を傾げているスタンプだ。私はすぐに猫がうなずいていて、その横にオレンジ色の文字で「大丈夫」と書いてあるスタンプを送る。これは彼が私に何か言うことは無い? と訊いてきて私が無いよ、と答えるやり取りで、いつの間にかこの形に落ち着いた。ある種の儀式みたいなものかもしれない。
「ご飯は?」
続けてラインが来た。なんて返そうか迷ってると、
「食べた?」
もっと具体的に訊かれた。
「うん」
事実を答えるしかない。嘘はつきたくないし。なんかもっといい答え方あったかなと思っていると、
「そっか」
と返信が来た。このままぼーっと画面を見ていたけど、これで終わりで心配になった。もっと、何食べたの? とか作ったの? とか一人? とか訊かれると思ったのに。何か既に知ってたとか? サッカーした人と外食したんだよね、とか言えばよかったかな。でも、訊かれてないことまで言うのも自意識過剰だよね、うざいし。いや、財布を拾ってくれたお礼でね、って言いたい気もしてきた。でも、こっちから終わった話を蒸し返すのも……そう思ってるうちに五分くらい経って、もっと返信しにくくなってしまった。
◆◆◆
そのまま、ユーチューブを見たりインスタを見たりツイッターを見たりしていると、どんどん時間は過ぎて、だけど、私はこういう日に限って眠くならなかった。もう夜中の二時だ。どうしたらよかったんだろ、なんて言えばよかったんだろ、なんて返せばよかったんだろう。寝たいのに寝れない。
彰くん:ラーメン食べたい
暗くなっていたホーム画面が通知で光った。なんて返そうかと思っていたら、一緒に行かない? と送られてきて私はすぐにラインを開いた。
「あ」で始まって「ら」で終わる人 頭野 融 @toru-kashirano
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