ふーちゃんの年の瀬

 今日は大晦日なので、朝から、牧田に家から追い出されてしまった。私達が、だらだらと食堂にいると片づかないらしい。うちは、潔癖の牧田のせいで、大掃除は必要ないほど、いつも清潔で片付いているけど、牧田には、牧田の揺るぎない信念とスタンダードがあるらしい。


 これは、毎年の恒例行事なので、私達も近くの蕎麦屋で、年越しそばを食べ、その後は周りを適当にぶらぶらと散歩することにしている。


「ああ、公爵様、いらっしゃいませ。坊ちゃま方も、奥にどうぞ。」


 蕎麦屋のご主人のお爺さんにとっては、代替わりした今でも、公爵様はお祖父さまで、父様も私も、坊ちゃまだ。私は、まだ坊ちゃまでいいけど、父様みたいな年齢になって、坊ちゃまって呼ばれている人って・・・正直、引く。


 ここのお蕎麦屋さんは、嘉瑞山の家人に追い出された公家が、年末になると、わらわらと集まって来る。私は、生まれた時から通っているので、「近所のお蕎麦屋」と認識しているけど、峰守お爺様に呆れ顔で教えて頂いた話によると、ここは、実はお蕎麦屋さんではなくて、地元の名士を何人も顧客に持つ由緒正しい旅館で、将棋の対極の場なんかにも使われる有名な場所だったようだ。


 元々は、零落した武家の屋敷で、特に400年ほどかけて整備された庭園で知られているらしい。ご主人のお爺さん曰く、「元の持ち主だったお武家様が二条様でお茶を習っていた方で、二条様のお庭に憧れて造園したらしいです」・・・うーん。


 二条のお庭が、古い大貴族の庭に多い池泉舟遊式なのに対し、ここは、池泉回遊式の庭なので、厳密に言うと真似っこではないけれど、今の二条家にとっては、微妙な場所かもね。


 毎年、私達がいつも通されるのは、「聚楽」と名のついた、三代前の皇帝の御代に流行った洋風と帝国風がミックスされたゴージャスな設えの大きな部屋で、畳の上に毛氈が敷かれて、漆塗りと螺鈿細工が見事なテーブルと椅子が置かれている。


「ふーちゃんっ!」


 私達がお座敷に入った途端に、明楽君の声が聞こえた。声のする方を見ると、既に小野家と南条家が席についていた。


「明楽、ふーちゃんの前に、当代と先代の公爵閣下にご挨拶ですよ」


 すぐに篤子お婆様の声が飛んできた。南条の女性陣は、淑女の礼でお祖父さまと父様に挨拶をしている。佳比古おじいさまとオリーが陽気に手を振っているだけなのに、女性陣はしっかりしているよ。南風もそうだけど、東風も同じで、風の家の女性達は、きちんとした淑女が多く、どこも賢い夫人が家の中を仕切っている。


「篤子、そういうのは新年の二日だけで頼むわ。」


 お祖父様が、そう言って、父様も小野と南条にひらひらと手を振ると、南条の淑女たちは、すぐに着席したが、篤子お婆様は、「宗家がそういうことだから、東西南北、どこもゆるゆるなんですよ」とぷりぷりしていた。


 篤子お婆様の言う通りなんだけどね。でも、これが嘉承の家風だし、1400年もこうだと、一族の間では既に文化になっちゃってる気もする。


「若様、何食う?」


 明楽君の隣に座ると、明楽君の膝に乗っていたパンチ君が話しかけて来た。


「俺は、天ぷらそば定食にしたぞ。」


 パンチ君は、明楽君の行くところには何処でも付いて来るので驚きはないけど、猫又とはいえ、あんな小さい猫の身体に天ぷらそば定食って大丈夫なんだろうか。ここの定食には、かやくご飯が付いて来る。追加料金を払えば、お寿司や丼にグレードアップもしてもらえるんだよ。


 ちなみに、去年、明楽君には、かやくご飯が通じなかった。「えっ、火薬ご飯?爆発するの?」と言われた時には、真護と大笑いしてしまった。いくら奇人変人の多い西都とはいえ、命を懸けてまで年越しそばを食べようという筋金入りはいない・・・はずだと信じたい。


「公爵家の御三名様はいつものをお持ちしてよろしいでしょうか。」


 割烹着を着た女将が丁寧な礼をしながら、注文を訊きに来た。私達は、天ぷらそばではなくて、ワカメの入った蕎麦に助六寿司をつけてもらう。新年が始まると、パーティーやら挨拶に来る人達へのもてなしやらで、松の内の間は、ほぼ暴飲暴食状態になるので、年の暮れは地味飯に徹するというのが嘉承流。


 西都の助六は、稲荷寿司に、細巻ではなく太巻きがついてくる。これも去年、明楽君が驚いていた。かやくご飯ではないけど、西都では、何でも彩の良いものが好まれるので、具が多くなりがちだ。


「西都の人って、ほんと、かんぴょう巻を食べないよね。」

「食べないよ。」


 明楽君が、運ばれてきた助六寿司を見て呟いた。


「好き嫌いはよくないぞ、若様。」

「パンチ君、ちゃんと見てよ。太巻きの中に入ってるって。」


 私は、料理長が毎日美味しい食事を作ってくれるので、味にはこだわりを持っているけど、食材に好き嫌いはない。出されたものは、何でも美味しく頂くだけ。でも、帝都民がよくお寿司屋さんで締めで注文する「かんぴょう巻」という存在は理解できない。あんなモブ食材が何で主役みたいな顔をしているんだろう。そういうのが帝都の美意識なんだろうか。謎過ぎるよ。


「ふーちゃん、二条と東条のお家の人達も来てて、先にお蕎麦を頂いて、今はお庭にいるよ。」


 この日は、特に誰とも約束をしていないので、皆、好きな時間にふらりとやって来て、ふらりと帰るという具合だ。ここには見事な庭園があるので、腹ごなしに池の周りを散策してから帰る人が多い。


「じゃあ、食べ終わったら、お庭で合流するよ。」

「うん、そうして。僕たちは、もう終わったからお庭で待ってるね。」


 明楽君が、峰守お爺様と篤子お婆様と立ち上がったところで、パンチ君がぴょんと私の膝に飛び乗り、いつものように、セーターの中に潜り込んだ。


「お兄ちゃん、それだとふーちゃんが食べにくいから、一緒にお庭に行こうよ。」

「やだ。外は寒いから、若様といる。」

「いやいや、私も食べ終わったら外に出るし。」

「だったら、若様と外に出る。」


 パンチ君は、ろーらん達と違って、普通の猫に近いので、寒いのも暑いのも苦手なようで、今日は、私の【仄火】を【風天】で着こもうという魂胆だな。盆地にある西都は、冬は底冷えで有名で、パンチ君と明楽君が言うには、北にある千台よりも寒く感じるそうだ。夏の厳しさは言うまでもない。


「いいよ、明楽君。先にお庭に行ってて。」

「うん、分かった。うちのお兄ちゃんがごめんね。」


 自由奔放な家族を持つと苦労するね。どっちが弟なのか分からないよ。パンチ君が私のセーターの下で、動き回ったかと思うと良いポジションが決まったのか、すぐに大人しくなった。この隙に、私はワカメ蕎麦と助六寿司に集中させてもらおう。


 ここのお蕎麦は、料理人が、ちゃんと国産のそば粉を挽いて、手打ち蕎麦を作ってくれるので、香りも歯ごたえも抜群だ。西都は、どちらかというと、蕎麦より、ラーメンやうどんの方を好む人が多いが、年末だけは、やはり蕎麦に軍配が上がる。


 美味しいものは、あっと言う間になくなるんだよ。すぐに食べ終わったので、お庭に出ることにした。


 二条家の庭園が、寝殿造りの家屋を持つ豪奢な公家が好んだ池泉舟遊式だったのに対し、ここは、武家や寺院などに多く見られる池泉回遊式だ。前者は、文字通り、歌会などで、舟を浮かべられるような規模の池が庭の中心から、敷地内を囲むように造られるが、池泉回遊式の庭は、池を中心にして、その周りに散歩できるような遊歩道が造られる。舟を浮かべるほどの規模ではないが、ここは、二条の庭に憧れて造園されただけあり、二条と同じような人工の滝がある。高さにして6メートル。轟々と勢いよく流れる滝の周りには水飛沫が冬の光を受けて煌めいている。


 そんな幻想的な場所に、いたよ。西都の王子様が。トーリ君だ。真護と明楽君と楽しそうにお喋りしていたが、私に気付くと、ぶんぶんと手を振ってくれた。眩しいっ。今日も王子サマのビジュは絶好調だ。本当は女の子だけどね。


「ふーちゃん、ワカメ蕎麦なんだって。意外に地味なんだな。てっきり豪勢に伊勢海老でも乗せているのかと思った。」

「うちは三人ともワカメ蕎麦だよ。年が明けると松の内が終わるまで、美食三昧になって体に悪いから、毎年、年越しはワカメ蕎麦なんだよ。」

「一日だけ粗食にしても、効果はないんじゃないの?」


 ごもっとも。痛いところを突いて来るよね、この王子サマは。


「まぁ、その、気持ちだよ、気持ち。そういうのが大事なんだと思うよ。」

「いや、大事なのは健康だって。ふーちゃの美食王になるって野望は分かるけど、暴飲暴食はダメだぞ。」


 あらやだ。急に耳鳴りがしてきたよ。何だかよく聞こえないなぁ。


「そんなことより、トーリ君。ここの滝も見事だよね。二条のお庭の滝はいつ頃、完成するのかな。」


 あからさまに話題を変えた私に、トーリ君はジト目だったが、すぐに肩をすくめた。王子サマは、ちょっと拗ねた横顔も麗しいな。ちっ。


「春には完成させるよ。前の滝は8メートルだったけど、新しい滝は10メートルにするんだ。桜が咲き始める前に、水妖たちも戻って来たいみたいだから、皆で頑張ってる。」


 なんと、10メートルですか。それは水音が五月蠅そう・・・って言うと、風情がないって怒られそうなので、ここは、「わー、凄いね!」と普通に頷いておこう。


 瑞祥のサンルームにある「渓谷」は15メートルだ。何で、そんなもんが屋内にあるんだよっ!て思うよね。あれは、異常だよ。そして、絶えず水音が聞こえるせいで、紅茶を飲んでいるとトイレが近くなる。優雅な瑞祥一族の前では言えないけど、生理現象なので仕方がない。


 二条邸は、居間、食堂、応接室と、全ての部屋から、自慢の滝が見えるデザインになっていたので、例の襲撃の後で全ての部屋から荒野が見えてしまい、目のやり場がなかった。宣親おじさまが、プチ鬱になるはずだよ。ちなみに、今は、荒野から工事現場になっているそうだ。がんばれ、宣親おじさま。


「トーリ君は偉いね。一歩ずつ目標に向かって努力しているし、ちゃんと実力がついて来ているのが視えるよ。」


 トーリ君は、繊細な仕事を得意とするだけあって、制御も、私達の間で先頭を走っていた明楽君より数段上の実力者になっている。日々の努力って、地味だけど馬鹿にはできませんわよ、そこの奥様。


「うん、ありがと。来年の目標は、二条のお庭を復活させることなんだ。」

「えっ、そんなに早く完成しちゃうの?」

「あの円熟みに到達するのは数百年かかるよ。とりえあえず、庭って状態に戻すだけ。でも、二条のお父様が弱ってるから、早く元気になってほしくて。水妖達のことも心配だし。」


 なるほど。それはそうだね。二条家は全員、儚げな感じの人が多いし、水妖も慣れ親しんだ二条の池の方が良いだろうから、トーリ君の負担も大変そうだ。


「そっか。私に出来そうなことがあれば、声をかけてね。魔力粒でも、何でも!」

「うん、ありがと。で、ふーちゃんの来年の目標は何?」


 ・・・。


 トーリ君、真面目な土と違って、風の魔力持ちは、目標なんて、そんな崇高なものは持たずに、だらりだらりと気ままに生きるんだよ・・・とは、流石に言いにくい。


「えーとね。私は、とりあえず制御を頑張って、痩せることにするよ。今年から、ずっと特訓をしているし。」

「そうなんだ。お互い、頑張ろうな!」


 キラキラと目を輝かせる王子サマの後ろで、猫沼少年と脳筋少年が、ぼそぼそと言った。


「あれ、去年も聞いたよ。」「もう、恒例だから。」

「後ろ、うるさいよっ!とりあえず、来年も宜しく。仲良くしてねってこと!」


 三人に飛び掛かるように抱きつく。四人でスクラムを組んで「えへへー」と笑い合っていると、セーターの下から、「へーぐじょーいっ」と大きなくしゃみが聞こえた。どこのオヤジだ。


「若様、真冬の空の下で、青春ごっことか、マジ勘弁。もう、帰ろうぜ。」


 空気を読まない黒猫だ。まぁ、三人とも楽しそうに大笑いしているからいいけどね。

 

 そして、私達は、嘉瑞山への帰路についた。


 もうすぐ、年が明ける。皆が幸せに笑って過ごせる年になりますように。


 それと、私は、来年こそ、本当に本気で痩せようと思う。

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お公家の事情外伝  英じゅの @junx0512

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