Yellow hyacinth

羽間慧

その意味を知ったとき

 また公式(宇部さま)に感化されて書いてしまった、二次創作第四弾です。

 寿門一作目「Power game」

 https://kakuyomu.jp/works/16817330653397579541

 から日がさほど空いていません。始まりの物語と捉えた公式が新作「すったもんだで!」

 https://kakuyomu.jp/works/16817330653470728534

 を書いてくださったおかげで誕生してしまいました。

 てぇてぇなのです。あのアラサーカップル! あの二人なら、こんなその後を送るんじゃないかなぁと考えたら、読了から二十四時間も経たずに書き上げていると言う現状……我ながら驚いています。それほど見守りたいキャラに出会えて最高です。








 ■□■□



 剣道をしていたとき、私の目に映るのは怯えと憎しみだった。全国への切符が早々に破れることへの悔しさを、何度も目にしてきた。「門別もんべつさえいれば、北海第一高校の連覇は堅い」という絶対神話を覆せない非力さに、数多の涙が流れた。対戦相手の家族から睨まれたことは数え切れない。自分のことをまっすぐ見つめ返したのは、寿都すっつ太一たいちだけだった。


 養護教諭になった翌年の春。体育教師として赴任してきた寿都君と、運命の再会を果たすかと思えた。


「初めまして! 寿都太一です。体育の授業で保健室に行く生徒を出さないように、頑張ります!」


 私の眉はぴくりと動いた。あの門別と同姓同名なんてミラクルは、なかなか起きないはずだ。自分の口から「高校生のときは剣道強かったんですよ」と話すのは、どうも違う気がする。

 にこりと微笑み、寿都君と握手をした。


。いざというときに養護教諭がいますから、無理しないでくださいね。保健室に行かなかった生徒が、症状を悪化させたら大変です」

「分かりました! ご指摘ありがとうございます!」


 嫌味のように語気を強めた部分を、寿都君はまったく読み取ろうとしてくれなかった。ぶんぶんと私の手を握り、嵐のように去っていった。


 これだから、筋肉ダルマは困る。無駄に振りまく笑顔が、私の心を潰してしまう。可愛いと何十回でも囁きたくなる。

 例外的な存在に、かつて抱いたのは興味のはずだった。手を伸ばせる範囲に降りてきて、別の感情に変わっていった。


「ずるいですよ。保健室に来るのは体調が悪い生徒か付き添い、あるいは身長を測りに来る生徒だというのに」


 寿都君から会いに来てほしいだなんて、公私混同も甚だしい。

 私は寿都君への執着を一時の気まぐれだと見なし、ポーカーフェイスを保ち続けた。距離を近づけることはせず、脳内の妄想に留めておいた。ティッシュで拭き取れば、熱は抑えられた。ひょんなことから媚薬入りのチョコレートをもらい、生徒の見舞いのために寿都君が来るまでは。


「てめぇ、どういうつもりだ……」


 両目を閉じ、歯を食いしばる寿都君に凄みはない。


「騎乗位ですよ。ゴム越しでも、気持ちいいですか? 私の中」


 気づけば二人きりの保健室で、寿都君の全部を搾り尽くしてしまった。

 体の熱が治まると、寿都君を無理やり襲った罪悪感が込み上げてくる。黙ったまま寿都君の体を拭いていたとき、もっと知りたいんだけどと囁かれた。


「はい?」

「あんたのこと、俺は全然知らないんで。この後、食事とかどうですか?」


 正真正銘の馬鹿だ。童貞を奪われた相手に、一発殴る場面だろう。自分から狼の懐に飛び込んでどうする。

 私の口から出たのは呆れではなく、笑い声だった。


「いいですよ。金曜日ですし。寿都先生と飲んでみたかったんです」


 まさか精液を飲む関係になる方が先とは、思いもよりませんでしたが。結果オーライということで。


「先生呼びはなしにしません? 仕事してる感が出て、なんか嫌です」

「寿都君の気持ちを尊重しましょう。私のことは、どうとでも呼んでください。タメ口で結構です」


 こういうやりとりは、付き合う前の会話みたいでいいですね。溜まりに溜まった性欲をぶつけてしまったせいで、私の印象は最底辺になっているはずです。手料理で寿都君の胃袋とハートを掴みに行きましょう。

 一時はプラトニックを志したからこそ、目覚めた後の絶望感は半端ではなかった。今度こそ寿都君に嫌われる。そう思ったのに、寿都君は私の体も心も抱きしめてくれた。

 この幸せが続きますように。寿都君のキスを受け入れながら、私は強く願った。





太一君あのの馬鹿! 手加減しないでと言ったのは私ですが、少しは自重してください!」


 数ヶ月後、私は保健室でぶつぶつと呟いていた。五時間目のグラウンドからは、サッカーで盛り上がる雄叫びが聞こえる。


「土曜日は前戯止まり。日曜から今日の未明までずっと抱かれて、出勤できているのが奇跡ですよ」


 太一君、早く挿れさせて。年下彼氏に甘える自分の声が、耳にしっかり残っていた。


 今挿れたら、結構激しめになると思うんだよ。だから、上に乗って。ここに腰を落としてくんね?

 駄目です。太一君の口の中に入ってしまいます。

 入れさせたいんだよ。大祐さんが自分から入れてほしいの。腰、支えてあげるから。それならできるよな?


「焦らされまくった後とは言え、どうして言いなりになってしまったのですか! 学校で太一君あいつの顔を真正面から見れませんよ。仕事に支障が出まくりです」


 私は顔を両手で覆った。休日デートの満足感と、正気に戻った羞恥心により変な笑みが止まらなくなっていた。

 しばらく「あ゙あ゙っ」だの「ふみゅぅ」だの奇声を発していたが、唐突に左手を広げる。


「保健室の窓はゴールではありませんよ。教育がなっていないんじゃないですか? 寿都せんせ?」

「怪我してないよな? キーパーじゃねぇのに、素手でボールを受けて平気なのかよ!」


 太一君は、私の左手をさすった。変な息が漏れそうで、私は顔を逸らす。


「平気ですから、授業に戻ってください。あなたの帰りが遅いと怪しまれます。うちは男子校ですから、そういう空気は敏感に察知しますよ。一部、例外もありますけど」

「本当に申し訳ない。次は気をつけるから!」


 太一君はボールを抱えながら走り出した。


「お前らー! 門別先生がびっくりしただろうが! ちゃんとゴールを狙え、ゴールを!」


 公私混同してますよ、私の可愛い彼氏くん。熱を帯びた耳が、彼にバレていないといいのですけど。

 早々に自宅へ帰ると、荷物が届いていた。差出人の名前を見て、私はスマホを操作する。


「もしもし、太一君。ポストにプレゼントが送りつけられていたのですが、私の誕生日は今日ではありませんよ」

「ちゃんと届いたんだな! だいぶ遅れちまって悪いんだけど、ホワイトデーのお返しだよ。バレンタインのときにチョコレートもらったから」


 いやいやいやいや! 割に合いませんよ! どう見ても高そうな生地です。


「私があげたのは本命というより、危険物を処理してもらったようなもので!」

「来月になったら、薄着になるだろ。俺以外の奴に首周りを見せてほしくないんだよ。夏でも暑くないストールだから、紫外線対策にちょうどよくないか? 大祐さんは、直射日光に当たるとすぐに赤くなるし」

「ちゃんと考えて選んでくれたんですね」

「そりゃあ、まぁ……恋人だしな。一応」


 一応なんて不要な言葉をつけましたが、許してあげましょう。


「声、聞けて嬉しかった。また明日学校で」

「明日は土曜日ですよ。午前中の部活、すっぽかさないでくださいね。いつもの朝練の時間帯に行けば遅刻しないと思いますが」


 えぇ……と、太一君の沈んだ声が響いた。


「会えると思っていたから、なんかムシャクシャする」


 電話でよかった。目の前にいたら、太一君を撫で回してベッドコースだ。朝になっても離せそうにない。


「太一君がよければ、明日の部活終わりに映画を見に行きませんか? 夕方のチケットを予約しておきますよ」

「行く行く! ポップコーンと飲み物は俺が買うから、あんまり昼を食べすぎるなよ。あとさ。ストールの刺繍……」

「ヒヤシンスの刺繍がどうかしました?」


 太一君は明日の映画楽しみにしてると言って、早口で切った。


 逃げやがった! 今度会ったら覚えておきなさい!


 私は通話から検索画面に切り替える。恥ずかしがる花言葉なんて、いじる格好のネタでしょう。この手を使わない訳はありません。


「スポーツ、ゲーム、遊び……ギリシャ神話にまつわる言葉ですね。『悲しみを超えた愛』くらいで恥じらうなんて、可愛すぎやしませんか。太一君」


 黄色いヒヤシンスに目を落としたとき、色別で意味が変わることを思い出した。再び画面をスクロールする。「勝負」と――


「これは反則ですよ。もっと甘えさせたいし、甘えたくなってしまいます」


 私は顔を隠すように、ストールを抱きしめた。

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Yellow hyacinth 羽間慧 @hazamakei

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